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「おまえも罪な男だ。うら若き少女を悲しませるなんて」 おれの沈黙にもレームはどこ吹く風だ。 「しかし珍しいな。おまえが小説を他人に見せるなんて」 あれは不可抗力だったんだ。 おれは心のなかで呟いた。 まさかばあちゃんを喜ばせるために書いた小説を、担当看護師が勝手に読むなんて思わないだろう。 排水溝はごぼごぼと苦しそうに呻いていた。 水溜りに足を取られないように注意する。 「良いことじゃないか。小説だって、多くの読者に愛されることを望んでいる」 こいつは小説の話題になると饒舌(じょうぜつ)になる。 雨と読書は相性がいいというのが自説で、面倒くさいことこのうえない。 「読まれない小説に意味はない。そう思わないか」 すこし黙れ。 おれは抗議の意味を込めて立ちどまった。 するとレームがおれの身体をすり抜けてまえに飛び出した。 その胸に向かって手を伸ばす。 だが身体に触れることはできず、まるでホログラムのように空間が歪むだけ。そこになんの抵抗も温度もない。
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