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やがて見えてきた河川敷。そこを山に遡るとダムにつながる。 ここは氾濫がもっとも心配されている場所のひとつだ。 「なあ、これって」 公衆トイレのすぐそば、缶スプレーで落書きされた掲示板をレームが指差した。 そこには高校2年生のまま永遠に刻をとめた弟の写真があった。 捜索の為に掲載されたその写真は、日光ですっかり色褪せてしまっている。 「上木 悠真。おまえの弟か」 おれはこくりと頷いた。たまに無性に叫びたくなる。 おれたちの家は、神様ってやつに呪われているのかもしれない。 母は病死で父は蒸発、おれたちは祖母の家で育った。 祖母は祖父を太平洋戦争で亡くして年金と軍人恩給で生活していた。 お金もなく身寄りもない、3人だけの暮らし。 そんな運命におれは服従を選び、悠真は反抗を選んだ。 「兄貴、俺はこんなところでくすぶりたくないんだ」 悠真の眼は、飢えた野獣のそれだった。 見えないなにかといつも必死で戦い、もがいていた。 どれだけ水を飲んでも癒やせない乾きのように、だれと仲良くなって勉強や部活で輝かしい成績をおさめても、安心にはほど遠いようだった。 「俺はこの町を出る。ここにいても腐り落ちるだけだ」 あの日も、こんなふうに雨が降っていた。 あいつは高校を卒業したら、この町を出ていくと啖呵を切った。 「なんて非国民なことを」 親代わりのばあちゃんは激昂した。それも当然だ。 じいちゃんはこの町を守るために戦死した。 そのことを拠り所にしてばあちゃんは哀しみを乗り越えてきたのだ。 そんな南方町をむげに否定されたら、やるせなくもなるだろう。 「いますぐ、じいちゃんに謝りなさい」 「なんで生きている俺たちが、死人のために我慢しないといけないんだよ。なあ、兄貴。なにか言ってくれよ」 おれはふたりの板挟みにあい、なにも言えなかった。 どちらの気持ちも痛いほど分かった。 同級生たちが都会に羽ばたく焦燥も、すっかり老いさらばえてしまった悲哀も。 肝心なときに、言葉はひとつも役に立たない。 「……もういい。俺は出ていく」 ばあちゃんは悠真を追おうとしたけれど、おれはそれを制した。 ひとりで考える時間も必要だろうし、それにこの雨だ、すぐにびしょ濡れで帰ってくるだろう。 そう考えた。
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