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8
けれども悠真はそれっきり、帰ってこなかった。
バスケ部の悪友や付き合っていた彼女。
だれに連絡してもゆくえ知れずだった。
やがて警察の捜査で分かったことは、悠真がこの河川敷沿いを歩いていたこと、泥だらけのスニーカーが投げ捨てられていたことだけだった。
おれは生きた蛇のようにうねる濁流を見つめる。
あいつになにがあったのか。それが知りたかった。
なにかの事故に巻き込まれたか、それともなにかの拍子に川に落ちたのか。
またはこの世に絶望して、自殺したのか。
おれは傘の先に広がる曇天の空をみあげる。
この世界は、ちっぽけなおれたちなんて見向きもしない。
この南方町だってそうだ。
おれたちの存在なんて忘れて、みんなのうのうと生きている。
もっとだ、もっと降れ。
おれは心のなかで叫んだ。
なにもかも飲みこんで、無に還してしまえ。
「ならば、確かめてみるか」
「……え」
レームは秋風のように呟くと、青い傘に吹かれるように河原沿いに向かった。
まるでメリーポピンズだ。
その背中はあっというまに遠のいてしまう。
「おい」
追いかけると猛烈な風に体勢を崩された。
もはや台風だ。
横殴りの雨は裾をみるみる濡らしていく。
気をつけないと石に躓いて大怪我する。
レームは荒れ狂う濁流をじっと眺めた。
まるでそこに落ちている未練を見定めるように。
だがよくみると足元に緑色の生物がいる。
眼を凝らすと、そいつはカエルだった。
ほっぺたの袋をふくらませながら、爪楊枝のような手でぺちぺちとレームの革靴を叩いている。
「そうか。そういうことか」
レームはなにかを呟いたが、傘の表面をたたく雨音でかき消されてしまった。
雨はまだ止まない。
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