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編集長の身近な男ー男が好きな皆川
男が男を求める理由は、よくわからない。
会議中、逢坂賢は進行係である皆川秋芳を見つめていた。皆川はホワイトボードの前に立ち、書類を持ちながら説明している。
編集長である自分が話を聞いていないなんて部下たちから怒られそうだが、手許にある書類に目を通せば把握できる。手にはボールペンを持っていたが、さっきから全く使っていない。
議題は、再来年、逢坂が所属する笠井出版『KSノベルズ』で刊行する書籍シリーズについてだった。
ターゲットは中高年を想定している。通勤途中や家事の合間に、気軽に読めるものを作りたいと考えていた。
あらかじめ配られた書類に大まかな計画が書かれている。文庫本サイズで、活字は従来よりも大きくすると検討していた。
長方形の机をふたつくっつけて、逢坂を含めて七名の編集部員が会議を開いている。午前九時から部員全員が集まった。
皆川は、逢坂が三年前に他の出版社から引き抜いた男だ。
今では、自分が担当している作家の桧山と付き合っているらしい。
桧山は二十七歳の男だ。
少し桧山と親しすぎるのではないかと、本人に冗談で言ったことがある。皆川は否定しなかった。
あのときの皆川の微笑みからして自分の推測は間違っていないだろう。
しかし、逢坂は忠告しなかった。
皆川がつらそうではないから、自由にさせている。
皆川はいつも周りに柔らかい表情をする。少し癖のある髪を分けて額を見せ、常に控えめな色のスーツを着ている。甘い顔立ちだか、女みたいな弱々しい体格ではない。
どう見ても三十過ぎの男であって、逢坂にとって、他にいる部下とそう大差なかった。
ただ、皆川は根が真面目すぎるので、逢坂は気にかかる。
自分がこの編集部に呼んだからなのか、彼が落ち込まないよう、あれこれと世話を焼いてしまう。
別れるときにつらくなるのは、相手が同性でも変わらないだろう。
苦い恋も離婚も経験している自分だからこそ、皆川が今の恋にのめり込まないか気がかりになる。
顔を下げ、書類をめくろうとしたら誰かの視線を感じた。逢坂は顔を上げた。
正面に座っていた部下と目が合った。
「中島。ぼんやりするな。会議中だぞ」
「すみません」
逢坂を見ていたのは、編集部で最も若い中島信司だった。
話を聞いていないのは自分のほうだったが、相手は十一歳も歳が離れているから、ためらわず、ごまかすために注意できた。
いつから中島は自分を見ていたのだろう。
会議に参加しない形ばかりの上司と思われただろうか。
気になったので、中島に目をやった。
ボールペンの頭を下唇に押しつけながら、書類を眺めている。
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