ふたりだけのランチタイム1

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ふたりだけのランチタイム1

編集部へ戻ると、逢坂と中島は、昼食を取った。他の編集者は皆、外へ食べに行っている。 編集部員のデスクの端に、古びた革張りのソファと低いガラスのテーブルがある。 逢坂と中島は直角に置いてあるソファにそれぞれ座った。互いのジャケットは、それぞれのデスクの椅子にかけてある。 テーブルにはいつものように青い小型ラジオを置いた。逢坂が家から持ってきたものだ。 司会者の女性がリスナーの投稿を読み上げていた。耳を傾けながら、逢坂と中島は話をしていた。 「中島。おまえ、またパンにしたのか。夜まで持たないぞ。駅前の定食屋に行ったらどうだ」 「俺は編集長と食べたいからいいんです。編集長こそ、そんな女子高生みたいな弁当じゃ貧血で倒れますよ。しっかり食べて、もっと太ったほうがいいです」 「燃費がいいから大丈夫だよ」 本当は、少しでも食べ過ぎると胃がもたれてしまって、そのあとがつらくなるからだった。両手に乗るくらいのこの弁当箱でも、多いと感じることがある。 中島の食事は、いつものようにあんぱんと缶コーヒーだった。もうふたつあるうちのひとつを食べ終え、二個目に手をつけている。 「編集長はまめですよね。ひとり暮らしなのに、弁当作って、お茶まで持ってくるなんて」 「作れば安いし、残り物が片付くんだよ」 「それじゃあ、俺のも作ってください」 「え!?」 予想外の返事に、逢坂は大きな声で聞き返した。中島は親指についたあんこを舐めながら、逢坂を見た。 「食事代は負担しますから。お揃いの弁当にしましょうよ」 「おまえな……そんな恥ずかしいことできるわけないだろ。親と暮らしているなら、作ってもらったらいいじゃないか」 「この歳で親の弁当なんて恥ずかしいです」 「中島。上司に作ってもらうほうがずっと恥ずかしいんじゃないか……?」 中島はときどき、平然と突拍子もないことを言う。この発想が会議での斬新な意見に繋がるのかと逢坂は感心していた。 歳の離れた弟ができたような気持ちがして、こうして一緒に過ごすのは楽しい。昼食の時間はあっという間に過ぎてしまう。 中島は缶コーヒーをひとくち飲むと、困ったように笑った。 「最近親が、結婚しろとか、彼女はいないのかって煩いんですよ。俺、まだ二十七なのに」 「それは、孫の顔が見たいのかもしれないな。俺も結婚したときは母親によく言われたよ。早く子供を作れってさ」 「そういえば、編集長は結婚していたんですよね」 「ああ。でも再婚したとしても、もう母親がいないから見せられないな。親父も俺が大学生のときに亡くなったし」 中島が笑みを消して、缶コーヒーを置いた。そうですか、とだけ呟いた。逢坂は箸を置いて中島を見た。話題を変えたほうがいいと感じた。
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