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枕の下
それから雨のたび、私は色の抜けた髪の男子学生率いる集団に呼び出されては、グラウンドに立たされた。
先日の、雨のグラウンドで立ち尽くす私の姿を何人かの生徒に目撃されていたようで、噂になっていた。そこで男たちはやり方を変え、今度はグラウンドの隅にある木の陰に私を立たせるようになった。その木の枝はすっかり痩せていてろくに雨を防いではくれなかったが、そのくせ幹だけは立派で、雨で靄る視界では遠巻きには隣に人が立っていても、幹と一体化して分かりにくくなっていた。
たまたま聞こえてきた会話によると、例の髪の色が抜けた男子学生は、小学生のときに私に告白し――私はさっぱり覚えていないのだが――そして私は些かつっけんどんに断ったらしい。それはある雨の日の出来事だったらしく、彼はしばらく雨に体を晒していじけ、風邪をひき、私に振られたことをクラスメイトにからかわれるのが嫌で学校に戻れなくなって転校したらしい。やさぐれて、不良の兄について回って自堕落になっていったというのだ。
彼は、全て私のせいだという。人生の大事な時期をまっすぐに歩けなくなってしまったのは、私のせいなのだと。雨の中に立たされるたび心が摩耗し、もしかしたら本当に自分が悪いのかもしれないと思うようになっていた。
あの日以来、私を助けてくれる人はいない。最初の数回は少しだけ期待していたけど、次第に諦めるようになった。一人で耐え続ける決心をするもやがて逃げ出した。
親に心配をかけたくないからと毎朝学校が楽しくて仕方ないという風を装って家を出て、学校には自分で休むことを連絡し、適当に時間を潰して夕方になると帰宅した。もちろん、そんな生活はすぐに綻びた。
「ねえ、霞」
学校に行かなくなってから二週間が経とうという頃だった。風呂上がりにテレビを見ていた私に母が話しかけてきた。
「学校、行ってないの?」
全身の血の気が引き、とっさにソファの背もたれに隠れるように身を縮めた。
「……どうして?」
「霞、今日帰りが少し遅かったじゃない? お母さん霞より先に帰ってきて、ご飯作ってたんだけど、そしたら霞の友達だっていう子が家に来たのよ。なんか、すっごい色の髪の男の子」
みるみる全身が冷え切っていくのを感じた。全身が雨に打たれているようだった。視界に靄がかかっていく。
「その子、二週間くらい霞が学校に来てなくて、先生に聞いても風邪だって言われて、心配になって来たって言うのよ」
口が凍えたようにがちがちと震えて、ろくな音を発することができない。状況を上手く整理することができなくなっていた。
「ねえ、霞。何か隠してるの? 学校でいじめられてるの? 先生には相談した? ううん、どうしてお母さんに相談してくれないの?」
手をテーブルに叩きつけたくなる衝動を必死に抑えた。そんな矢継ぎ早に聞かないでよ。私を心配するふりをして、まるで私のことを考えてないの気づいてる?
「あの子と、仲、良いの?」
その言葉に私はぞわぞわと不快な悪寒が全身を這い回るのを感じた。ついには叫びだしてしまった。
「仲良くなんかない!」
私は勢い良く立ち上がると二階へ駆け上がり、自分の部屋に飛び込んだ。母が早足で階段を登る音が聞こえて、私は慌てて布団を頭から被る。
「霞? ねえ、霞?」
部屋のドアがギィと開き、暗い部屋に母が私を呼ぶ声が広がり、そして吸い込まれるように消える。やがて深いため息とともにドアが閉められた。
枕に顔を埋めて、じっと感情の波が過ぎ去るのを待つ。何度も何度も深呼吸を繰り返すが、次第に息苦しくなって布団を剥ぎ取った。仰向けになって、子供の頃からそうしているように、無意識に枕の下に手を差し込む。
「ん」
指先に何かがあたる感触があった。それを掴んで引き出し、目の前に掲げる。
「あー、忘れてた」
図書館の利用者カード。
私はそれを胸に抱えて、ベッドの上で胎児のように丸まる。
「傘、返してもらってないな」
ベッドの下には、洗ったジャケットとタオルが隠してある。
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