セカンドステップ

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 結局女は女というだけで人生半分損していると思う。  15社目の不採用通知を受け取った朝、高橋由貴は改めてそう思った。 新卒で採用されたブラック企業で心身ともに壊して退職したのが半年前。現在絶賛求職中の33歳。職なし、金なし、恋人なし。ないない尽くしの人生だが、そろそろそこに運も加わってきた。どうにか鬱状態から抜けて、ようやく就職活動ができるまでになったが、15社連続で落ちると流石に鬱に逆戻りしそうだ。  15社連続。大学時代。芸大卒は就職活動は厳しいとはいわれていて、実際そうだったけど、その時はある意味納得できるものだった。なぜなら私自身に就職して社会に出るというイメージを明確に持てなかったから。デザインの仕事がしたいとは思っていたが、それもまたぼんやりとしていたためにどことも合わなかった。でも卒業は迫ってくる。友達や仲間はどんどん就職を決めていく。アートで生きてゆくと決めた友人は、就職活動をせずに作品作りやマネジメントに打ち込み始めた。私は何も決まらず、決められない自分に焦って、どこでもひっかかればいいと闇雲に足掻いた。その結果、小さな編集プロダクションに就職が決まり、ブラックな日々を過ごしてきたという訳だ。15連敗は自分の人生に正面から向き合わなかった、きっと罰だ。 「再就職はとにかく数ですから。服を試着するくらいの気持ちで合わなかったら次です!」  転職エージェントの担当者、石川さんはそんな風に励ましてくれる。ブラック企業にいた時に登録していたのだが、担当がとてもいい人で救われている。 「もう就職できるならどんな所でもいいです」  珍しく企業から面接希望の連絡があり、説明を受けにエージェントの窓口を訪れた。座ると同時に私は石川さんにこういった。石川さんは目を丸くして手を振った。 「いやいやいや。待ってください。高橋さん投げやりにならないで」 「失業保険も終わりましたし、そろそろ貯金も使い切りそうなんです」 「だからといってどこでもいいはダメです。それだとまた体を壊しかねません」  石川さんの口調は柔らかいが、きっぱりといった。 「私が上手くマッチングできなくて高橋さんを不安にしてしまって悪いなと思ってます。これは私の力不足です。すみません」  石川さんは頭を下げた。 「そんな事ありません。よくしてもらってます」  そう。石川さんは頑張ってくれている。少しでも私の希望に近い求人があるとすぐに連絡をくれる。多分、企業側へも積極的に紹介してくれていると思う。石川さんの頑張りで15件も面接までこぎつけた。私1人では到底できなかっただろう。ただ相手がダメだった。付き合ってる人はいるのから始まり、30越えてる女性は経験ある分扱いづらい。就職より結婚したら……芸大出て一般就職したの? 30過ぎた女というだけでおよそ考えられない言葉を投げかけられてきた。女でなければちゃんと見てもらえたのかと、相手と女の我が身を呪ってきたが、これはどこでもいいといい加減に就職を決めた過去の私からの呪いではないだろうか。 「でも! でもですね、今回高橋さんと面接を希望している会社はいいと思うんです。高橋さんの希望ではない業種ですが、優良企業です。代替わりしたばかりで若い社長さんですが、業績も悪くないです」  石川さんは資料を示しながら説明する。 「私は高橋さんのスキルが活かせる会社じゃないかと思うんですけど。面接、受けてみませんか?」  石川さんが取り持ってくれた企業は山新ネジという、ボルトの製造会社だった。 「高橋さん、オーバースキルですね」  山新ネジの社長、山中慎太郎が明るくいった。ラブラドールレトリバーのような人懐っこい笑顔でいった。 「は……オーバー、スキルですか」  はじめ何をいわれているのかよく理解できずに、頭の悪い反応になってしまった。 「今回ウチで募集しているポジションでは高橋さんに見合う給料が出せません」  紺色のツナギ姿で山中社長は私の履歴書を見ながら話を続けた。石川から若い社長だと聞いていたが、私とそう年は変わらないのではないだろうか。明るくハキハキとした物言いに今時感がある。いいにくいこともハキハキと……ここにきて自分は慇懃に断られているのだと理解した。 「そう、ですか」  まさかこうも明るく不採用になるとは思ってもいなかった。努めて平静を保とうとしたが、だんだんと声が小さくなっていく。 「今回ウチが探しているのは総務で働いてくれる人です。ウチの場合、総務はなんでも屋になってしまうんです。営業や工場で人手が足りない時は助っ人に入ることもあります。秘書といったら大げさですけど、僕のアシスタントも業務です」 「そうですか」 「高橋さんは芸大でデザインの専攻なんですね。ほかにもいろんな資格も持ってますね」 「資格といってもWordやExcelとか。ビジネス関連の基礎的なもので、特に珍しいものでもありません」 「前職では企画室でイベント企画もなさっていたんですね」 「でも……特に専門という訳ではないんです。デザインは企画がないとできませんから、それの応用って感じで」 「いろいろできるのに謙遜というか、自己評価が低いの勿体無いです」  相手の意見を否定していたことにハッとした。サーっと血の気が引き、身体が冷たくなるのがわかった。山中社長が立ち上がった。身体がこわばった。 「今、ウチは高橋さんの能力に見合う給料を用意することができないんですが、今後、見合う給料を出せるよう頑張りますんで、ウチに来てもらえないでしょうか」  社長は立ち上がると私に向かって深々と頭を下げた。言葉が耳から入り、脳に到達し、それを分析して、身体中に行き渡るまで時間がかかった。一拍遅れて私は勢いよく立ち上がった。 「あああああ頭を上げてくださいっ」 「あ。ウチ、ネジ作ってるんです。オルゴールの小さいネジから特殊ネジまで。意外と面白いと思うんです」  説明の順序が逆ですねと小さく笑って、山中社長は胸ポケットからネジを取り出してテーブルに置いた。 「一度見学してみませんか」 「は、はい、行きます」 「興味持ってもらえるといいんですけど」 「物作りは、好きです」 「いい返事がもらえるといいなぁ」  胸のあたりで緩んでいたネジがキュッと気持ちよく締まった感覚を感じた。 了
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!