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バンダースナッチ
初夏、茜射す帰り道はとても涼やかだった。
去年の最終バーゲンで購入した、今年おろしたての七分袖カットソーからのびる手首、そこにあたる風が気持ちいい。
ふと、辺りがとても静かなことに気づく。
ヒトの往来もどこかのっそり怪物的で、いつもの逢禍時だなァ、と、化け物の一匹の気分な非日常感を楽しむ。
ヒトであることに縛られる朝からの昼からの解放。
んー、あやしい香り、サイコーだねェ。
などと余裕ぶっこいて帰宅の道のはずが、違和感をおぼえた。
ん?
行き交う人々の後頭部からレシートのような紙がベロベロ出ている。
あのヒトもこのヒトも、おじさんおばさんじじばばおねえさんおにいさん、こども。
みんなでべろべろ、ベロベロ。
すれ違い様の学生のそれを失礼ながらよく拝読させていただくと、文字が書いてあった。
いわく、腹へった、とか、今日のあのバカ明日シメる、とか。
ああそうか、考えていることがね。
書いてあんのね、ふむ。
え? 俺も?
立ち止まりあわてて後頭部に手をやる。
なんもない、そうか。
ほっとしてまた歩を進める。
しかし夕食のコロッケを買ったあと、さしかかった電器店の店先で気づいた。
ショウウィンドウに映った俺の姿。
後頭部からレシートのような紙がベロベロ。
まじでか、俺もかよ。
べつにやましい思考をしていたおぼえもないからいいのだが、しかし何より胸が凍ったのはあれだった。
それだった。
八歩ほど後ろ、バンダースナッチとおぼしき怪物がうまそうに俺の思考を喰っていた。
大人の腰あたりの高さの体高、ティラノサウルスみたいな尻尾をふりふり、上機嫌で喰っている。
そうか、俺はそんなにうまいか。
頭ではそう考え、体では辺りを再び見渡せば、そうだ。
みんな喰われてる。
バンダースナッチを従え、宵闇に沈む街を行き交っている。
逢禍時。
世界にて、真に禍々しきはヒトか。
ああそうか。
ちょっと酒屋も寄って帰ろう。
人類の新しい発見に、リモート呑み会で祝杯をあげようではないか。
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