わりと本気で考えた

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わりと本気で考えた

 晴れてんな。  篠原は読んでいる文庫本に、自分の影が落ちているのをぼんやり見ていた。  窓辺のいちばんうしろの席。  夏は地獄だけど、春秋は天国で、冬はそこそこ良いもんだ。  昼休みののどかな空気は、開けた窓から入る風のままさらり心地良い。  今日は午後イチの授業も大好きな美術だ。  鉛筆デッサンをやるそうなので、篠原はそれに使えそうな暗喩としての概念を、本を読むことで脳みそにインプットしていた。 「なァ、シノ」  この声は水野だ。  顔をあげる篠原のすぐそこに居た。 「ん? チョコいんの?」  篠原の机の上には、チョコレート菓子があった。  水野は、ごち、と言って近くにあった椅子を引き寄せ腰かけ、つまんで、言った。 「シノさ、よく本読んでんじゃん。成績つーか頭いいしさ、ちょっといい?」 「ん?」  本をとじた篠原はそれを膝の上に置いて、手も置いて、聞く姿勢になった。 「ロックンロール、てさ、なんで巻くの?」 「スイスロール、て、昔あったな」 「マカロニウェスタン、てさ、グラタンでも作りたいの?」 「チーズのこげたとこうまいよな」 「ハードボイルド、てさ、卵でも茹でんの? それかウィンナー?」 「俺、お店ラーメンは煮卵必須」 「なんで? なんでこう云うの、食べ物なんだろー? 俺、ゆうべ考えちゃって寝不足でさ。ウィキ読んでもなんかモヤモヤで」 「そう云えば、そだな」 「なーッ?」  ふたりは笑った。  とりあえずふたりでスマホで調べなおし、篠原の頭脳でもってしてでた答え。 『人間は食べなきゃ死ぬからで、食べ物への本能に基づく執着心がそう命名させたんだ』  と。 「はー、すっきりしたァ!」  水野はすがすがしい顔で、曹達水を買ってきてお礼にくれた。  ふたり、窓辺でおいしく飲む。  良い風がふいていた。  少年ふたりの髪を静かにゆらす、おだやかな風。  やがて授業になり、生徒らは立って美術室へ移動する。  デッサンのモチーフは林檎だった。  そう云えば、スマホのアップルはやっぱ智惠の実からなのか?  少年らはそこでも、食べ物が人間に与える影響について思いを馳せた。
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