雪渓氷

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雪渓氷

 夏の風が空の色水の色。  青い水晶でできたようなアルプスの大雪渓が一望できる素晴らしいカフェに、私は居た。  紺とも藍とも縹とも、どうとでもとれる青い堂々たる山々に岩肌が白いすじを描く。  太古からとうとうと流れ続けた雪水のなごりに時の香りがする。 「綺麗」 「だね」  連れとふたり、ふふ、と、涼しい風に頬をなでられうっとりする。  下界が遠い。  天空が近い。  あいていた椅子に座ると、女給のお姐さんがメニュを運んでくれた。  まっさきに、夏限定のかき氷が目に入る。  周囲では青やら緑やらのカラフルなそれがみなさまを楽しませていることだし。  おすすめが練乳トッピングのワサビ味。  私は首をかしげた。  ワサビソフトクリーム、なら、食べたことがある。  あれはイケた。  あまくてひんやり、わさびのつんとこないやわらかい辛みがよかった。  だから、て、いくらなんでもねェ?  そこまでのチャレンジャーでもないので、瀬戸内檸檬シロップの練乳がけを頼んだ。  連れは基本にのっとってワサビ味練乳がけ。 「慎重だよね、きみは」  ふたりはしゃいでいたらかき氷はすぐ、来る。  まぶしい太陽の恵み、まっ黄色いその色をした氷が、口の中に涼を呼んだ。  隣では連れが、ワサビ味をうっとり堪能している。  ひとくちちょうだいを言っても、つれない返事。  しくったなァ、と、山を見たらあれ?  山が欠けている。  目の前の氷の山と同じように。 「ね」  連れに訊いても、きょとんとされる。 『ご当地モノを、ご当地でいただきなさいよ、この現代っ子が』 「え?」  聞こえた声。  他の皆さまには風の音と聞こえたらしい。  連れがそう教えてくれた。  氷完食、山もみごとにない。  なんだか悪い気がしたのでカフェを出る際、これもご自慢だと云うワサビ味ジェラートを、ごめんなさいの思いをこめてテイクアウトした。  ん、クリーミーにワサビ。  ふりかえったら、山はどうどうたる大雪渓のままにそこに居た。
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