明日も生きてゆく

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「あ、オリオン座や。日本とは反対向きなんやな……」  3つ並んだ目立つ星を見つけて香子は少し嬉しくなった。日本の空を鏡で写したように並ぶ星々が何とも思議だ。とはいえ自分がよく知るものを海外でも見つけるのは、ちょっとした喜びでもある。  婚約破棄は香子が想像していたよりも心を抉られた。親からは慰められるどころかなじられ、家では全く気が休まらなかった。「良い年をして」などと言われても、香子とて好きでこうなった訳ではない。容赦のない両親に、実は毒親なのではないかと疑った程だった。  友達からも同情されたが、香子は必要以上に強がった。同情されるのも可哀想な自分も大嫌いだし、それを曝け出せるほどの友人もいない。結局、香子の心の拠り所はどこにもなかった。  香子は自分で思っていた以上に精神的に疲れていた。そして、それを自覚することも出来ないほど疲れきっていた事に、ようやく気が付いた。  星が一つ流れた。願い事をする間もなく、あっという間に消えてしまう。香子は既に見えなくなった星に想いを馳せる。  闇夜に浮かぶ星々の光は、実は何万年も前の物だという。すると香子の人生など、ほんの一瞬だ。  宇宙はどこまで広がっているのだろう。地球などその中ほんの一部に過ぎず、日本はさらにその中のアジアの小さな島国である。  小さい国の、更に小さな地域に限られた狭い自分の世界。自分も、自分の悩みや苦悩も極極小さく一瞬なのだ、などと思えてしまう。 「ま、やっぱり小さくはないけどな。結構一大事やったわ」  自分で自分にツッコミを入れた。宇宙規模では小さい事でも、自分の手には余っている。気分だけは壮大になったが、それだけでは何も解決しない。  ウエイターがやって来た。赤ワインと白ワイン、オレンジュースから一つ選べるようだ。香子が白を注文すると、ウエイターはすぐにテーブルセットの中から取り出したグラスに注いだ。  香子は注がれたばかりのワインを手に取ると、早速一口含んだ。それをゆっくりと飲み込みながらまた空を見上げる。 「ええなあ、オーストラリア。この際やし、いっそ留学しようかなあ」  どうしようかな、独りごちながらまたワインを飲む。けれど、そう言いながら既に香子の腹は決まっていた。予算、地域や入学する学校の下調べなど、香子の頭の中では既に算段が始まっている。 「今、人生の転機やろな。たぶん」  香子は先ほどとは比べ物にならない程、気分が良い。薄くかかる雲の模様までも目に焼き付けるように、香子は宝石箱のような空を仰いだ。 完
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