星空の下で

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星空の下で

 用意しておいた(たび)箪笥(だんす)を手にして、星雨(せいう)と名付けた茶碗と金平糖(こんぺいとう)(ぼん)に乗せ、外に出る。  竹林を抜けるとそこには、満天の星空が広がっていた。そこにポツンと、真新しい墓が一つ建てられている。 「(みどり)、二人だけの七夕茶会をしよう」  風炉(ふろ)(すみ)を入れて(かま)の湯を沸かし、野点(のだて)の用意をしておいた場所に、持ってきた旅箪笥(だんす)(ぼん)を置いて、点前(てまえ)を始める。  旅箪笥(だんす)は、野点(のだて)用に茶道具が納められた箱だ。  その棚板(たないた)を、即席の台として使用するため外せるようになっており、それを配置するのも点前(てまえ)の中に組み込まれている。野外での点前(てまえ)のことを考えられて作られた箱だ。  その箱の倹飩蓋(けんどんぶた)の裏には、亭主の(いき)で短冊箪笥(だんす)のように色紙で作られた通常よりも短い短冊が貼られ、()(じく)代わりとして客に見えるよう旅箪笥(だんす)に立て掛ける。 「今日の短冊は、天河一会(てんがいちえ)。二重の意味を込めて書いた」  ” 天の川縁(かわべり)で茶会をしよう ” とも、” 天の川でもう一度逢瀬(おうせ)を ” という意味にも取れる言葉だ。  空から見えるように、短冊に願いを書いて(かか)げた。 「お前は復讐(ふくしゅう)なんて、望んでなかっただろう。カエルの根付(ねつけ)(ふところ)に入れたのは、犯人を捕まえて欲しかったのと、無事に帰るという意志の表れだったのだろうから」  (こた)える者はない。  2人だけの七夕茶会は、流れる川の(ごと)く進んでいく。  シャシャシャシャという軽やかな茶筅(ちゃせん)調(しら)べが、晴れた(そら)に届くようだった。 「翠、召し上がれ」  (ふところ)から取り出した懐紙(かいし)に、色とりどりの金平糖(こんぺいとう)を盛りつけて、()てた茶と共に墓の前に(そな)える。  静かに手を合わせてから再び(ひざ)(かま)へ向けると、持ってきた星雨(せいう)と名付けた茶碗を手にしてもう一服(いっぷく)()てた。 「相伴(しょうばん)致します」  ()てた茶を口に含むと、香り豊かな抹茶の芳香(ほうこう)鼻腔(びこう)の奥に香った。  心鎮める香りは、最後の晩餐(ばんさん)にふさわしい。  ゴクリゴクリと(のど)(うるお)すと、亭主は()片付(かたづ)けの点前(てまえ)に入る。  そうして点前(てまえ)が済み、旅箪笥(だんす)倹飩蓋(けんどんぶた)を閉じた頃、亭主の口端(こうたん)からコポリと血の筋が伝った。  亭主は空を見上げてから、翠の眠る墓に柔和(にゅうわ)眼差(まなざ)しを向ける。 「今日は星が綺麗に見えるから、きっと、天の川で()えるよな。翠……」  倒れる亭主の手が、供物(くもつ)台の上に置かれていた金平糖(こんぺいとう)の袋に当たる。袋の中から(こぼ)れた色とりどりの金平糖が、流星群のように亭主に降り(そそ)ぐ。  パラパラと涙のように(こぼ)れ落ちる、金平糖(ほし)。  そんな星降る夜に、亭主の命もまた、(はかな)い光となって流れた。
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