【短編】止まない雨と恋の始まり

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私にはお気に入りのカフェがある。 このカフェの一番奥の席に座って、いつもカフェラテを頼んで小説を読む。 これが私の日常であり、欠かせない大切な時間だ。 店員さんとも顔なじみになってきて、私が注文する前に 「いつものアレですね」 って言ってもらえるぐらいになった。 その日はいつもより長居してしまって、気が付けば閉店間近。 いけないと思って、慌ててお会計を済ませて外に出てみると、さっきまで降っていなかった雨が、それはもう嵐のように吹き荒れている。 「最悪」 小雨だったら走って駅まで向かうけど、雨なんてレベルじゃないぐらい降っていて。 ずぶ濡れになる覚悟で夜空の下に飛び込もうとした時、私の上に影を感じた。 「これ、よかったら」 そう言って傘を差しだしてくれたのは、このカフェに勤めている店員さん。 「え、でも…」 「僕は大丈夫なので」 店員さんは自分の持っている傘を無理やり私に渡して、すぐさま大雨の中を走り去って行った。 「ちょっと…!」 私の声は、大雨の音でかき消されていた。 * 次の日、昨日の雨がウソのように青空が晴れ渡っていてとても気持ちがいい。 いつもの時間、借りた傘をもってカフェに向かった。 中に入ると、いつもの店員さんじゃない人が注文を聞きにきた。 「あの、いつもの人、じゃなくて喜多見(きたみ)さんは…?」 不思議に思って聞いてみると、 「今日は休みですね」 今日の店員さんはそう教えてくれた。 私のせいで風邪でも引いたんじゃないかと心配になった。 どうしよう、この傘。 早く返さなきゃ。 でも次の日もその次の日も、傘を貸してくれた店員さんはいなかった。 風邪、長引いてるんじゃないか…。 私のせいだ…。 そう思っていた翌日、やっと喜多見さんの姿を確認できてほっとした。 雨の日からずっと持っていた傘をやっと返せると思った。 「ご注文は」 そう聞く店員さんに、 「この間は傘、ありがとうございました」 と借りていた傘を渡した。 「いえー」 店員さんはにっこりと傘を受け取ってくれてた。 「…あの、ずっと休んでいたのって風邪ひいたからですか?」 「風邪?」 「あの後ずっとお店にいなくて心配で、私のせいでって」 焦ってそこまで言うと、彼は笑った。 「違いますよ、就活中でお休み貰ってたんです」 この通りピンピンしてますと彼は続けた。 「そっか、ならよかったです」 風邪引いたんじゃなくって本当によかった。 「僕のこと心配してくれたんですね」 店員さんは嬉しいなって言いながら、 「ご注文はいつもので?」 と聞いた。 「今日はマキアートにしてみようかな」 私はちょっと冒険したくなって、そう言うと店員さんは目を丸めた。 「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」 いつものように小説を開いて読んでいると、足音が聞こえて、頼んでいたものが机に置かれた。 「お待たせいたしました、マキアートになります」 そう言った店員さんに軽く会釈をして、また小説に目を移すけど、店員さんはずっとそこに立っている。 不思議に思って顔を上げると、目があった。 「えっと、どうかされましたか?」 「これ」 店員さんはさっき返した傘を渡してきた。 せっかく返したのに、なんでまた戻ってくるんだろう。 「これ、持っててくれませんか?」 「え、なんでですか?」 「僕が今日、帰る時まで持ってて下さい」 そう言って足早にカウンターへ戻っていった。 そっか、仕事中に渡しても迷惑だったかな。 その日は閉店になるまで店にいて、外で彼を待っていることにした。 するとあの雨の日のように彼は現れた。 「傘、本当にありがとうございました」 そう言って改めて傘を返す。 「本当は」 店員さんは言葉を詰まらせながら下を向いた。 「え?」 「傘は口実で…」 店員さんの声が小さくて、ちゃんと聞き取れない。 「この後時間があったら、食事でもどうですか…?」 彼は恥ずかしそうに口元を手で隠しながらそう言った。 「それだったら傘のお礼に奢ります!」 「…じゃあ奢って下さい」 素直にそう言う彼がおかしくて 「はい!」 そう笑って言うと、彼も照れ臭そうに笑った。 .END
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