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今はただ切実に、この仕事で結果を出したい。
人生なんて、長いようであっという間だ。余計なところに割いてる時間なんてない。
「ねえ、掘削船って大きいんだよね。リグ積んでるくらいだし。どんな感じ?」
「どんな感じって。まあ……一言で言えば、男臭い」
「えー? なにそれ全然わかんないんだけど」
綾はあきらかに不服そうだ。だけどおまえ、船の速力が何ノットで、喫水がいくらで、機関方式はディーゼルエンジンでとか言っても、理解できるのかよ。
俺は少し意地悪な気持ちになる。
「カイくんって、ほーんと新人研修のころから、面倒臭がり。秘密とか一言とか言って、ただ説明するのが嫌なだけなんだよね。省エネモード反対ー」
だから、そんなふうに睨むなっての。
「わかった、話す。そんなに聞きたいんなら、話してやるよ」
別にいいか、同僚に話すくらい。ってか、なに勿体つけてるんだ俺は。
「問題は砂なんだ。最初の坑井は圧力下げたら砂が井戸に入っちまって。がたがたになって崩壊した。失敗だよ」
「え、砂って……それって浅い地層だから、土が軟らかいってこと?」
「そう、正解」
「じゃ、その砂をどうにかして取りのぞかないといけないんだ」
「とまあ口で言うのは簡単だけどな? 海底数百メートルの話だからな」
俺らオイルマンの仕事は細かな分業制でなり立っている。
俺みたいな『地質屋』の仕事ってのは作業室にこもって、来る日も来る日も掘り上げられてくる泥や石とにらめっこしたり、地層データを見てひたすら計算したり――まあ、つまるところ、格好良さとはかけ離れた、かなーりマニアックで地味な作業の連続だ。
「うーんそっか、大変だったね、お疲れさま」
それをこんなふうにねぎらってくれる女は、はっきり言って非常に少ない。前の乗船以来、ずっともやもやしていた俺は内心、驚きながらも、綾に感謝した。
「でも次はかならずうまくいくよ。がんばれ」
「おう」
なんだこいつ。どうして本当にこっちが欲してる言葉だけ、狙い撃ったように口にできるんだ。
「近いうちに次の井戸、また掘るよね?」
「おう。掘るよ」
「じゃあまたカイくんも乗るんだ、船。でも、なんかさ……」綾は言いかけて、「うーんと。やっぱいいや」
「なんだよ」
沈黙が落ちた。俺は辛抱強く黙っていた。すると綾はため息をついて、
「えっとカイくん……なんかあった?」
不意打ちだった。
俺の身体は勇者に快心の一撃を受けた敵キャラみたいに震える。
あー格好悪りぃ、畜生。
「はは。なんだよ木下、いきなり」
「だって。カイくん、なんか排水官が詰まりましたー、みたいなオーラ出してるから」
ははは。なんだその変なたとえ。
「じつはさっき、エレベーターで会った瞬間から感じてたんだ。出張帰りで私服なのはわかるけど、ガラの悪いお兄さんみたい」
最初は仕事のトラブルかと思ったけど、そうでもなさそうだし、と俺を上から下まで眺めると、
「……ねえ。やっぱり船で、なんかあったでしょ」
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