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女の直感ってやつか? すげぇな。
俺はあやうくそう口に出しそうになった。
本心なんて話せるか。
このままお茶を濁して逃げ切りたかった。
でも綾はもう、俺を見抜いている気がした。
自慢じゃないが、外面の俺はけっこう評判がいい。
スポーツは全般得意だし、高校時代はカナダのトロントにいたから英語は本場仕込み。将棋もアマチュアだが級を持っているし、仕事柄、計算や分析も速い。
だけどそんな俺じゃなく、綾にはなぜか見えている。
ケンカ弱くていつまでもうじうじ殻に閉じこもってる、子供のころから成長していない俺が。
言いようのない居心地の悪さを肌に感じながらも、なんとか話題をそらして店を出た。
気づけばでかい堀の横を二人で歩いている。もより駅はこの道の先だ。
すると突然、綾が声を上げた。
「うわ、カイくん見て! 綺麗ー、星出てる!」
俺ははっとして綾の指さす夜空を見上げた。
――北斗七星の隣に輝く、春の大三角。
そのうち一際光る星がある。スピカだ。
そうだ、 あの青く真珠色にまたたく星を、初めてそれと知って見上げたのは中一の春。そしてその時、俺の隣にいたのは――。
――なあ、正兄。俺いつか、あの星みたくキラキラしたい。普通の大人なんかじゃなくてさ、なりたい自分になるんだ、絶対。
耳慣れた声と笑顔が瞬時に心のうちに蘇る。
やめろ、と口走りそうになり、慌てて口をつぐんだ。くそ、逃げたって無駄だ、俺は阿呆か。ぎゅうっと拳を握りしめる。
本当はずっと後悔しているくせに。どんなに自分をごまかしても苦しいだけだろ? ちゃんと向き合え、そしてきっちり受け入れろ。そうしなくちゃ先へは進めない。
意を決して足を止める。
「木下。俺の弟は昔から、すっげえ空が好きで、部屋中その手の本で溢れてたんだ」
綾はいぶかしげに俺の顔をのぞきこんだ。
「大学も航空学科に入ってて、就職は絶対、それ関係のところがいいって言いはって。ジェットエンジンとかロケットを開発してる会社に受かってさ」
「へええ。すごいね」
「弟も俺と同じで、登山が趣味なんだが、一緒に山へ登っても、俺はいつも地面を見てるのに、あいつはいつも空ばかり見ててな」
俺は口をつぐんだ。綾は澄んだ目をして話の続きを待っている。
「じつは……、この間の掘削作業中、親から電話が入ったんだ」
深く息を吐く。
「その弟が北アルプスで冬山登山中、仲間かばって滑落したって。入院したって言われて俺、泡食ってあいつの携帯に電話した」
そしたら本人が出てさ、と俺は笑った。
「たしかに頭は打ったけど、このとおりしっかりしてるし、まあ左腕を折っただけだって。すげー元気な声、してたんだ」
その時は。
それがたった一日半で、容態が急変した。あっという間に意識が混濁して、危篤状態になって――。
「俺、すっかり安心してた。狙ったところに鋼管が入って、このまま生産成功するかもって、ワクワクしてた。けどその時敏也は、もう話せる状態じゃなくなってたんだ」
この仕事は肉親の死に目には会えないって言われてるらしいけど、本当にそうだって思ったよ、と力なく呟く。
船に乗ってたんじゃ、どんなにじたばたしたって家には戻れない。陸に上がった時にはもう、敏也は――。
「あいつ、がんばったんだ。俺が帰ってくるの、たぶん待ってたと思う。でも俺、間に合わなくてさ……息を引き取ったのは、船から降りる少し前だったって」
「……」
「敏也はいつだって、空を見上げてた。小さい頃から、兄貴の俺なんかよりずっと大きなモノ、広いモノを追いかけてたんだ」
だけどまさかこれからって時に、本物の星になっちまうなんて。まだ早すぎだろ、と俺は冗談めかして笑おうとし、失敗した。
綾は押し黙ったあと、そういう事情だったか、と独りごちた。
「話しづらいこと、私なんかに打ち明けてくれて、どうもありがとう」
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