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空はすっかり薄暗くなっていた 時間は十九時近く 「もうこんな時間になってたんだね…ごめんね、私のせいで時間無駄にさせちゃって…」 「ほんとだよ、秋のせいだからなっ!貸し、今返してもらおう」 「貸し?」 「英語、前、勉強教えてやったろー?」 え? ああー…すんごい前の話じゃん 言われるまで、めちゃめちゃ忘れてたわ そんな話、言ってたような言ってなかったようなっていうくらい、さらっと通り過ぎた曖昧な記憶… 「んで?何貸し返すって」 「秋は、俺が今から言う事、する事に従う事」 「は?なにそれ?無理難題はなしだかんね」 ふっ、と浩司が笑った 「秋、付き合おう」 えっ…? 暗闇の中 浩司の伏し目がちな瞳が、公園にある白熱灯に反射して、怪しく光る 黒目が多くて、何かを見透かしたようなその瞳は、吸い込まれてしまいそうな奇妙な感覚がした 「あ…」 どきどきと心臓が高鳴っていくのがわかる どうして浩司 そんな急に…? 「な、なんで…ホントに言ってるの…?」 「本気だよ」 どくん、と心臓が跳ねる 本…気… 「だって浩司、夏見先生が好きだって…夏見先生が好きなんじゃないの…?」 そう、私は大切な友達ではあるけど好きな人じゃないんだ 浩司には夏見先生がいるから ふっ、と浩司の笑い声が漏れた 「気付いたら俺、秋が好きになってた でも、そんな自分の気持ちが恥ずかしくて誤魔化してた…んだと思う」 え… 「おいで」 また、おいで… 今度はしっかりとした意識がある 「な、なんで…」 「俺の言う事従う、でしょ?」 ああ、なにそれ、ずる… 「きゃっ…」 浩司に無理やり身体を引き寄せられる 私の目線は浩司の喉ぼとけ 見上げたら…浩司の顔が、私の視界ドアップで映る お互いの吐息が聞こえるくらいの距離感 肉感的だけど、笑うと薄い、唇 もっと近づいたら、唇が重なっちゃうくらいに… 最初に会った時は、印象が本当に最悪な男だった どっちかって言うと嫌いなタイプ なのに、見た目の割には真面目で 意外と繊細で ほっとけなくて 浩司に逢うたびに 連絡が来るほどに 嬉しくて、気持ちが高揚して どんどん浩司に惹かれている自分がいた 今は 借りを返すとかそんなんじゃなくて いう事に従っているわけでも無くて 単純に、純粋に 私は私の気持ちで、浩司を受け入れている 私はずっと… 浩司が好きだったんだ その時、浩司がこういった 「秋、ありがとう…」 って 泣いてるような、笑っているような、くしゃっとした表情で 浩司がなんで「ありがとう」と言ったのか、意味が分からなかった 聞き返そうとしたら、ぎゅうっ…と浩司に抱きしめられて 突然の事でびっくりして、そこから言葉の意味を聞こうとした事が、私の頭からすっかり抜けてしまった 帰り道 指をからませて手を繋ぐ そんなことで、いちいちドキドキしてしまう 初めてできた”恋人”に私は一瞬で浮かれていた 別れ際 私たちは 「じゃあまたね」 「またね」 と言って別れたんだ けど その日から、浩司からは連絡が一切こなくなった 私が連絡しても返信がなかった そして それは本当に本当に、突然だった 私の携帯に浩司からメールが来ていて 久しぶりに嬉しくてメールを見たら、いつもと雰囲気が違った 佐伯浩司 宛先: 三ノ輪橋秋 > Re: 三ノ輪橋さんですか?僕は佐伯の兄です 何言ってるんだろう? 久しぶりに来たメールは、何だか痴呆患者のような、狐にでもつままれたような気分のメールだった 三ノ輪橋秋 宛先: 佐伯浩司 > Re: どうしたの?久しぶりに連絡しといて何それ するとまた連絡がきた 佐伯浩司 宛先: 三ノ輪橋秋 > Re: 三ノ輪橋さんはどちらの方ですか? またもやトンチンカンな連絡が来たので、私はイライラして返信を無視した するとまたメールを受信した 佐伯浩司 宛先: 三ノ輪橋秋 > Re: 三ノ輪橋さん、私は浩司の兄、浩壱と言います 弟は先週急死しました え? 私は来たメールを何度も何度も読み返した 浩司が 亡くなった…? 嘘でしょ…? だってあんなに一緒にいる時は普段通りで… なんで?何が原因で? と言うか本当の話なの? 嘘でしょ?冗談だよね? ねえ浩司 信じられないけど 何だか笑えてきてしまった そんな嘘付いて、誰得なのだろう それきり返信をやめて 翌日学校に行き、早速友達に昨夜の出来事を話した 「ねえ聞いてよ!浩司からさあ久しぶりにメールきたと思ったら、兄っていう人がメールしてきて、弟は死にましたとかって言うんだよ? 冗談だとしても笑えなくない?」 「いや、笑ってんじゃん」 だって、タチの悪いジョークだと思ったんだ 死んだなんて縁起でもない、悪趣味な冗談だ 「返信したの?」 「まだ なんて返したらいいかわかんなくて」 「まあ、信じられませんとかでいいんじゃない?その兄って人にとりあえずそう打っとけば?」 「そうだね、わかった」 私は友達に言われたまま、返信をしてみた けど、送って四日経っても返信はない 私は痺れをきらして、とうとう電話してみることに決めた 電話をかけると繋がる携帯 何度もコールの音が繰り返される 暫くして留守電に変わった 私は時間を少し置いて二度、三度それを繰り返した すると四回目で数コールの後、電話が繋がる 「はい、佐伯です」
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