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夏見先生と逢ったのは、タバコを吸ってるのがバレた時 保健室はいつもカーテンが閉まってて室内が見えないから、俺はバレないだろと、その保健室の裏でタバコを吸っていたんだ そしたら頭上から「あ、いけないんだ」って声がして、見上げたらカーテンの隙間から保健室の先生に見つかった 「窓開けてたら、甘い匂いがしてきたのよ ほかの先生にバレたら停学になっちゃうぞ」 それ以上その先生は何も言わずに、窓をそっと閉めた それが、最初の出逢いだったと思う 「あれ、浩司くん、タバコ辞めたの?」 二度目も同じ場所だったけど、今度は先生は、タオルか何かを干そうと外に出た時に声をかけてきたんだ 「タバコ代かかるし」 そう言うと、先生は眉間にしわを寄せて笑った 『ほかの先生にバレたら停学になっちゃうぞ』 先生なのに、先生らしくない感じ 他の先生みたいに頭ごなしに叱っても来ないし、…意見を押し付けてこないというか、俺の事を否定しないというか 会話とか、空気感とか… 居心地が何となくよくて その日から保健室でボーと外を眺めながら、保健の先生と他愛ない話を少しする、それが日課になっていった そんなある日 「浩司くんのお兄さん、この高校の特進コース卒なのね」 と言ってきた 兄… それは俺にとって、目標であり、壁である人 「なんで知ってるの?」 「ああ、たまたま、卒業アルバムを見る機会があってね 佐伯の苗字もそうだけど、浩司くんにすごく似てるから教頭先生に聞いたのよ そしたら、浩司くんのお兄さんだって言ってたから」 そう 俺の兄はこの高校の特進卒で、それから都内の国立大学に通っている 俺がこの高校に上がったそもそもの理由も、その兄と、主に母の影響だった 「ご兄弟揃って特進なんてすごいわね」 兄はすごい… けど俺は… 「俺は授業も出てない、出席日数も足りない 進級出来ないと思うから、留年か退学だろうしね」 吐き捨てるように言った 「今からでも遅くないわ 浩司くん地頭はいいのだから、頑張れば卒業出来るし、進学も出来るはずよ 諦めるのが1番よくないと思う」 先生は何も知らない わかっちゃいない 「別に俺はこの高校の特進に入りたかったわけじゃない 進路だって、まだわからない 兄がこの高校だったから、母さんが兄さんのことばかり気にかけるから…」 言葉に詰まる つい感情的になって、自分の内情を吐露した 「気にかけるから…?」 先生が言いかけた言葉を拾い聞いてくる はあ 「…昔から俺の母さんは兄の事ばかり、溺愛していて」 小さな頃から、母さんは兄の事ばかり気にかけていた いつも俺と兄は母に比較されていた 『お兄ちゃんは偉いわね!それに引きかえあんたは…』 『お兄ちゃんと違って、どうしてあんたは私に迷惑しかかけないのよ』 『どうしてあんたはお兄ちゃんみたいに出来ないの?』 『どうして』 『なんで』 『どうして』 『なんで』 … 最初はそう言われて、俺は母さんに認めて貰いたくて、何でも出来る兄に追いつきたくて、追い越したくて必死に努力して、頑張って… 『僕の方が、お兄ちゃんより走るの早いもん!』 『僕の方が、テストの点数よかったし!』 『俺、部活で』 『俺、生徒会委員で』 『俺、』 『そんなの当たり前でしょ そんな事で一々喜んでないで、もっとお兄ちゃんみたいになりなさいよ』 けど、結局 いつまで経っても母さんは俺の事を認めてくれることはなかった 努力しても認めて貰えない 頑張っても兄には追いつけない、追い越せない そんな事に気付いてしまってから、俺のモチベーションが上がらなくなった 何の為に頑張ってるんだろう 何の為に俺は頑張ってきたんだろう 常にそんな事を思うようになり、それが頭から離れなくなってきて 次第にそんな兄や、母のことが煩わしく、鬱陶しくなり、やがて腹が立って、憎くなるようになった 俺は兄さんみたいにはなれない 俺は兄さんじゃない 俺は母さんの望むようにはなれない 俺は母さんの理想の子じゃない 「兄さんの背中を追って 母さんに認めて貰いたくて この高校の特進に入ったけど、結局無意味に感じて それからは自分のやりたいように、したいように生きようと思って そしたら、反抗期だ、落ちこぼれだ、て 親の言う通りに生きられなかったらそんな事言われて もう、ウンザリだよね」 それは突然だった 先生がいきなり俺の頭をポンポン、と撫でてきた 俺は突然の事で動揺して、固まった 「…小さな頃から浩司くんはさ こうして 浩司偉いね、頑張ったね、凄いじゃない ってして欲しかった それだけだったのにね」 優しく頭を撫でる先生 そうだ 俺は 母さんに、振り向いて欲しかった 兄と比較しないで欲しかった 俺自身を見てほしかった 小さな頃からずっと たったそれだけ それだけの事だった けど、それだけの事すら ずっと ずっと 叶わなかったんだ
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