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「でも、お母さんでも、お兄さんでも… 他人に認めてもらう事だけが、自分の存在意義ではないからね」 はっと、先生を見た 「だから、今の浩司くんは反抗期でも、落ちこぼれでもなんでもなくて、本来の浩司くんの生きざまで、それが親にとっては反抗的な生き方、落ちこぼれに見えてしまったというだけ でも親や兄弟のおもちゃから卒業した浩司くんは、今からどうやって生きていくか、やっと自分で決めれることが出来る、そんな時間なんじゃないかな? 別にいい子、ここではつまり親にとって都合のいい子、である必要ないのよ 浩司くんは、お母さんやお兄さんの為に生きているわけじゃない 浩司くんは、浩司くんの為に生きるんだから それに浩司くんのお母さんは、浩司くんが努力しようが頑張ろうがお兄さんより学力的に勝ったとしても、そもそも浩司くんのお母さんの中ではお兄さんが一番、お兄さんが好き、というものは揺らがないだろうと思う それは所謂、好みや相性ってやつなんじゃないかしら 家族だとしても、人間だからやっぱり人間の好き嫌いはあるものだと思うよ 他人ですらあるんだから 家族だから、仲良くしなきゃダメ、仲いいのは当たり前…でもないと思う」 胸の中ほどにあった鉛のような重苦しい、何か それが、すっと消えていったように思った 何だか浄化されたような 息苦しい山道、濃霧の中をひたすら歩いていて、突然視界が晴れ、頭上に真っ青な空が広がっているような清々しい気分 先生はなんて事なかったように、机に目を落とし、事務作業に戻っていた ペンを走らせる手 俯いて、伏し目がちになる瞳 開けられた窓のレースカーテンが、はたはたと揺れた 「あー、…いい風…ね?」 先生はそう言うと、こちらに振り向いた 揺れる、耳下までの長さの、パーマのかかった髪 白く透き通った、首筋 たなびく白衣 バチっと、目の前で何かが爆ぜるような衝撃がした すっ、とわだかまりがなくなった胸が、今度は締め付けられ、ドキドキと鼓動を早くした 「うん…」 そんな、自分のわけわからない感情を悟られないよう、直ぐに顔を背けた それから気付けば 先生を見かけるたびに、目で追っていた それを知ったのは、クラスのやつに指摘されたからだった 「浩司、夏見ちゃんの事真剣に見て、好きなの!?」 「え…?」 にやにや笑いながら、そいつは談笑のつもりで話したんだろう 「まあ、わからなくもないよ、夏見ちゃん美人だしね~ 大人の色気っていうの?いいよねえ」 「そうだね、好きかもしれない…」 「え?」 独り言のように、思ったままの感情を口から滑らせていた ハッとした頃には、そいつはぽかんと気の抜けた顔をして眉間にシワを寄せて、え、と言った後 慌てて、なんて、と冗談めかして返答をしてその場をやり過ごすけど、気持ちは複雑なままだった その気持ちは、なんだか気分が乗らなくて授業をサボって保健室に行った時に決定的になった 「あら、浩司くんどうしたの?サボり?」 先生は悪戯に笑った 先生に指摘されバツが悪く自分に腹立たしくなったのと、そんな対応が子供扱いされたような気になって、体調不良です、と素っ気なく返した 「あらそう、ごめんね… じゃあこの紙に記入して頂戴、あ、書ける?」 俯いた俺を覗き込みながら、ペンを差し出した その手に視線を移した時、左手の薬指に銀色のリングが光っていた その瞬間、心臓をギュッと鷲掴みにされたような衝撃と、まあ、そうだよなって言う諦観と、腹の奥の方でドス黒いもやもやしたものがわいてきた ああ、ダサい 俺は今、すごくこの指輪の相手に嫉妬した 悔しい ムカつく 羨ましい なんでだよ そう思っている自分に気付いた時、俺は先生の事が好きだと自覚したんだ でもそう思ったからって先生は既婚者だし、気持ちを告げたところで生徒の色恋事なんてただのクソガキの戯言でしかないはずだ そう考えたら、何も出来なくて 特にそこから進捗はなかった 高校1年の終わり、先生は他の学校に転勤した 公立の女子高に行くらしい 聞いた事ない学校だった 体育館で、先生がみんなに拍手で見送られながら退出していく 体育館の出口を進んでいく先生を俺はずっと凝視していた 俺のすぐ隣を通り過ぎる 目は合わなかった 俺は後ろを振り返らず、俯いて拍手を機械的に続けていた
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