but

5/18
前へ
/68ページ
次へ
それから再びその学校に訪れた時、俺は正門を潜ったんだ 夏見先生は保健室にいる それはわかっていたけど、保健室がどこかは知らなかった 正直、この頃の自分はどうかしていた この頃、と言うか きっと、とっくにどうかはしていたんだ 高校に入った辺りから、もう俺は俺がよくわかっていなかった 誰かの為に、何かの為に生きていた頃の方が楽だとさえ思える そこに自分の意志や、意見はないから だから、周りからは”いい子”に映っていただろう 今は自分の欲求や、本能のままに行動している それが周りから”落ちこぼれ”、”不良”なんて見られていたのかもしれない でもそれでいい、それでよかった もう、そんな自分でよかった 微かに、嗅いだことのある香りがした 消毒液の香り その香りに導かれるように、歩みを進めると、目の前に保健室が見えてきた 昇降口から入って右に曲がった突き当り、保健室に入る手前の右側にあった窓は、夏場で外の低木の葉が伸びきって半分以上日陰になっていた 薄暗く、もの哀しげな場所 扉をそっと開けた そこには 机に座って何かペンを走らせる夏見先生がいたんだ 「夏見…先生」 俺のかすかな声が届いたのか、先生は一瞬走らせていたペンを止めて、眉を寄せた そして二拍間があり、扉の方に振り向いた 「…浩司…くん…?」 なんでここにいるのって、言い方だった でも、俺は先生を見つけてしまってから 歯止めが効かなくなっていた このまま 先生と結ばれない運命だというのなら この手で、何もかも壊してしまうんだ… 先生との出会いや、話したことや、声も、顔も、全部 先生との思い出を消してしまおう そうしたら、こんな苦しくて もどかしくて 焦がれるような思いをしなくても済むんだ 先生を想うと、苦しくて苦しくて仕方がない まるで酸欠の魚だ 息が出来ない こんな色恋事、先生にしたらクソガキのちょっとした盛りだと捉えているはずなんだ 冷静になれば、わかるはずなのに 先生を想うと、どうしても冷静さを欠く どうしようもなくかっこ悪くて、ダサい俺は 他の魚のように、水の中で綺麗に泳ぐことが出来ない 先生を見ると、先生に逢うと じたばたと、もがいて溺れている 泥臭くて、青臭くて、滑稽な魚 優しく、でもしっかりと先生の細い手首を掴む 「先生、俺…」 先生は困った表情をしていたけど、声を荒げはしなかった 「ちょっと、こら…」 もう、この関係が崩れても構わない… 唇を奪った時、絶妙なタイミングで保健室の扉があいたんだ 栗色の髪の毛 セミロング 二重のぱっちりした瞳に、少し面長の顔 そんな彼女と目が合った 気まずい そんな表情が瞬時に見て取れる、分かりやすいリアクションをしていた 扉が閉まる 「っ…浩司…くん…!」 先生が突き飛ばしてくるが、多少よろけるくらいだった 「なんで…ここに…?」 そう言われたけど、俺は下唇を強く噛んで何も話せなかった そうしないと、堪えていた涙が溢れてしまいそうだったから 「浩司くん…?」 ああ… ダサい かっこ悪すぎる 俺はそのまま思い切り踵を返して、開け放たれていたベランダの窓から外に出た 焦りながら、目立たないよう壁沿いを伝い歩く からからに乾いたトウカエデの葉っぱを踏むたびに、くしゃっと音がした そうして段々と、冷静さを取り戻している自分がいた 何しに行ったんだ 先生を襲って、何も言わないで… マジでこれじゃあ、ただの不審者 目の前は雑草が所々に生えて、整備されていないだだっ広い校庭 部活動も活発に行われていないんだろうな 元来た道を戻る なるべく動きを最小限にして、ひっそりとそこの学校を後にした
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加