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翌日、俺はまたこの駅に降り立っていた 前回と同じ理由だ あの時、感情的になってしまったのは 自分の先生に対する想いを、先生に伝えられていないから 先生と最後の日 気持ちを伝えられずに別れた時 俺はずっと 後悔していたんだと思う だから、ダメでもちゃんと気持ちを伝えて それですっきりさせて終わりにしよう そうすれば、気持ちも切り替えられるはずだ そう思って 保健室の扉を開けようとした時、中から会話のような声が聞こえて来た 思わず息を飲んで、扉を開けようとした手を止める 物音ひとつしない、静かな廊下 扉のモザイク窓に影が映らないよう、俺は壁際に移動して耳を澄ます 会話は扉を隔てているから小さい声だったが、こちらまで届いた 「夏見先生、あの男の人誰ですか?」 「あの、男の人?」 「私立の進学校のあの男の子です」 夏見先生の声と、もう一人の声は俺の高校の名前を告げていた 「ああ… 浩司くん…佐伯浩司(さえきこうじ)くんって言う子 前の学校で保健師してた時の生徒なのよ 私がこっちきてからも、浩司くん、学校サボってくるみたいで」 そこで会話の相手が昨日会ったあの女の子、秋だと気付いた 「夏見先生結婚してるんですね」 「そうね… だから、学校にも来てもらっても困るんだけどね もう私は浩司くんの学校の保健師じゃないし、私がしてあげられることはないから」 夏見先生のその言葉に、胸の奥の方がズキン、と痛む感じがした 「夏見先生、私、彼から夏見先生と付き合ってるって聞きましたよ」 秋の言葉に、俺の心臓の鼓動が早くなった 変な汗が額から滲んでくる 「そう… 浩司くんが、他の女の子と会話するなんて というか、浩司くんが自分の話する子珍しいから秋さんには言うけど、私は見ての通り既婚だし、不倫はする気ないから浩司くんと付き合ってるって話は違うってわかるわよね 私は一番夫が大切だし、それ以上に目が行く人はいない 浩司くんには、ただ幸せになって欲しい、それだけを望んでいるわ」 扉越しに 先生の気持ちが聞こえて来た 俺は 先生に気持ちを伝える前に、振られた 「失礼します」 秋のその言葉で、はっと我に返る まずい、ここにいたら二人と鉢合わせしてしまうかも… 俺は忍び足で素早くその場を後にした
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