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何となく足取りが重く、力なく昇降口を歩いて元来た道を戻ろうとした その時、背中に何か当たったような気がして振り返る 見ると、そこには秋がいた 口を尖らせ、足を軽く開いて、何となく不満げな表情 俺は秋がここに来るなんて思っていなかったので、予想外な人物にびっくりして咄嗟に気が張り 「秋ちゃん」 なんて、よそよそしい言葉遣いをした 「元気ないよ、どうしたの?」 そんな言葉に対して、秋はやたらなれなれしく話しかけてきた 一瞬、何かふわっと肩の力が抜ける感じがした 「え?何が?」 「元気ない感じ」 「ああ、そうか?」 普段の調子に徐々に戻っていく 「うん …さっきの私と先生の会話、聞いてたの?」 グサッと突き刺さる言葉 言い当てられて恥ずかしかったのと、一瞬なんて言おうか言い訳を考えたが、それも馬鹿らしく思えて、少しテンションをあげておどける事にした 「まあね!そんな感じ!」 そんな対応に、ますます秋は口を尖らせる 「ねえ、これから暇?私さあ、授業でわからないとこあって、勉強教えてよ!」 声のトーンは高かったが、表情はどことなく不服そうな印象 気を遣われている、って言うのが見て取れた 「…貸しだよ?」 変なプライドが邪魔をする 「ん、別にいいよ!」 それから俺たちは、秋の学校の近くの公園に行った 公園は緑色をした池があり、その中央には小さな祠と鳥居が鎮座していた 辺りには水を放水する音と、気の早いセミの鳴き声が響いている 「この場合この単語を使うのが正しいかな 会話だと少し堅苦しい文になるからあんまこの英文法は使わないと思うけどね」 「へえ」 秋が見せてくれた高校の教科書と言ったやつは、おおよそ高校でやるような英語の内容ではなかった 同じ高校生で、こんなにも勉強内容に差があることに驚いた 「おい、これ中学で習うような問題だぞ、大丈夫かい?」 俺は呆れて、ため息交じりで苦笑いをした 「うっさいなあ」 そう言って、ノートの字を消しゴムで一生懸命消す秋を見て、なんだか温かい気持ちになった こうして急に勉強教えてと言ってきたのも バカなくせに バカなりに 俺を慰めようと色々考えてくれたのかな、なんて 「ねえ、先生と付き合ってないの?」 俺とは目を合わさず、ノートに視線を落として流すように秋が聞いてきた 「…まあね」 だから俺も、あっさり答えられた 秋が俺の顔を見る まん丸の大きな二重の瞳 「引いた?」 俺はそんな自分に呆れて自嘲し、様子を窺うように聞いた 秋は口をつぐみ、少し瞳を逡巡させてから再び口を開く 「夏見先生、既婚者じゃん 旦那さんと別れる気ないらしいし、見込みなくない?」 秋にはっきりと言われ、思わず閉口した まあ、でも その通りだよな バカなくせに そういう事だけはしっかり理解しているんだな 「知ってるよ 知り合った時から結婚してたし、でも、好きになった気持ちって止めらんなくない? 俺は、夏見先生とどうこうなりたいわけじゃない …いや嘘だな …夏見先生と付き合いたいけど、相手にそんな気が最初からないのは知ってんだ だから、別に一緒にいれるだけでよかった 側で夏見先生を見れるだけで、話せるだけで 触れられるだけで」 秋の言葉に触発され、抑えていた感情を他人に吐露する そう、一緒にいれるだけで、それだけでよかった よかったのに… いつの間にか傲慢な感情が邪魔をして 欲張りになっていった でもそう思うたびに苦しくて、辛いから 楽になりたくて 先生に気持ちを伝えて、すっきりしようと思っていたんだ 「けど、さ わかってたんだけど 本人の口からはっきり言われると やっぱ落ちるな」 「別に…叶わなくても 思いが届かなくても 想い続けるのは自由じゃん 無理に忘れようとしなくてもいいんじゃない? 気持ちが落ち着くまでさ…」 秋はテーブルに肘を突き、そっぽを向きながら言った 無理に忘れなくてもいい…か 「そっか…」 そうだな… その後、示し合わせたようにお互い無言になって、しばし静かな時間が流れた 一年の頃、たまに使っていた学校の自習室を思い出した そこの窓から見ていた景色も こんな眩しい空だったな
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