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それから私と浩司は連絡を取り合う仲になった 会うのはいつも私の学校近くの公園 「暑いー」 もうそろそろで夏休みになる 進学校や私立の学校の人は夏休みに夏期講習なんてのがあるらしい うちの学校は普通科の公立校だし学力が有名な高校でもないから、そんなもんはなく、クラスのみんなは遊びの予定を詰め込んでいた 「ほい」 浩司が冷えたジュースを軽く投げ渡す 「ちょ、これ炭酸じゃん! 手渡ししてよ!」 「ははっ」 ぷしっと音がして、吹きこぼれる炭酸 「うわあ」 「ああ、バカだなー 少し置いて飲めばいいのに」 「いやいや、暑いからすぐ飲みたかったんだし」 浩司がポケットから自然にハンカチを取り出し、私の濡れた手を拭う そんな些細なことで浩司の育ちの良さを感じる だって私女子なのにハンカチなんて常備してないし つか女子の前に人としてヤバイよね 「浩司のご両親しっかりしてそう、教養とかマナーとか、躾けとか厳しそうだよね 進学校行かせるくらいだし」 「しっかりしてる…かな 俺さ、兄がいるんだけど、親は兄にはかなり世話焼いてるよ だからってわけでもないけど…兄も俺と同じ高校だったけど、大学は東京の国立だしね それと比較したら俺は…」 「そーなんだ 兄弟して同じ進学校なんだね でも浩司も、やっぱ東大とか有名大目指してんでしょ?」 「俺は大学行くつもりないし、興味ないな」 「えー!進学校なのに!私立なんて両親お金かかって大変でしょ? つかちゃんと学校行きなよ!」 「あー、んー 気分が乗ったらな」 「気分て 安い金じゃないんだし、せっかく入った学校なんだから行きなよ」 そう言うと浩司はふん、と鼻を鳴らした 「じゃあ、デートしてくれたら考えるよ」 「え…?」 「あちーから海かプールでも行きたいなあー」 そういって浩司は伸びをした 夏服だという灰色のスラックス アイロンがしっかりかけられたワイシャツ 広い背中 夏の風に煽られ、柔軟剤の匂いがほのかに香る君 なんか優しい気持ちになる なんだろう、この感覚 「な?」 「うん…」 「じゃ決まりな 来週開けといてね」 「え?何が?」 「え?プールか海でしょ?」 あれ、話が進んでる 「え、ほんとに言ってんの?」 「なんで嘘言うんだよ、まあ、やならいーけどさ」 「別にいいけど…」 夏見先生いるんじゃないの? デートって何よ… 翌週、私たちは待ち合わせ場所の、私の高校がある駅に来ていた 「よ!」 浩司は肌触りの良さそうなコットンシャツにハーパンというラフな格好 「浩司の私服初めて見たかも」 「確かに、俺も秋の私服初めて見た」 私は遊泳時着脱しやすいようにワンピースを一枚着ているだけだ 下に水着を着ていたので、直ぐ着替えてプールサイドに向かった 浩司は未だに来た時の格好のままだ 「早く着替えなよ!泳がないの?」 「うん」 「は?何のために来たの?」 「バカだな、決まってんだろ 水着の女子を観るためだよ!」 「うわっ、変態!何言ってんの?」 「俺は水着の観察で忙しいから、泳いできなよ!」 「もう!意味わかんないこと言ってないで行くよ!早く着替えて!」 浩司の腕を無理やり引っ張ったらシャツの袖が捲れた 腕に引っ掻いた跡のような傷があった それは手首にびっしり集中していて皮膚がボコボコになり変形している 「何これ…?どうしたの?」 マジマジ見ようとしたら浩司に腕を引っ込まれてしまった 「知らないの?」 「え?」 「リスカって言うんだよ」 リスカ…? 浩司は明らかに笑顔を作って 「こういうことしなきゃ生きられない人もいるんだよ」 って言った 今ならわかるけど、あの時の私はリスカって言うのがなんだかわからなかったから、家に帰った後ネットで調べたんだよ グロい画像が沢山出てきて それは自分で自分を傷つける行為だと知ったんだ 今思い返せば、浩司のリスカは尋常じゃないくらい沢山あったね だって、手首が変形するくらい傷跡でボコボコだったから 夏場にリストバンドで手首を隠していた それをみる度に、浩司が笑顔を作って言った言葉が頭をリフレインしたんだ 『こういうことしなきゃ生きられない人もいるんだよ』 プールを何往復かしてから帰宅した 浩司は結局ベンチで昼寝をしていただけだった 「あちー、秋アイス食べたくない?」 「あっ!いいね!」 「やっぱアイスと言えばこれだよね!」 帰り道のコンビニで浩司が真っ先にとったのはソーダ味の氷菓子 「私はなんかさっぱりしたフルーツにしよー」 長く伸びた影を踏みながらアイスを食べて帰った 「この味、美味しい!」 「なんでアイスの実なんて手が汚れるやつ選んだの?」 「色んな種類沢山食べれるじゃん!」 「ふーん」 「一番ぶどうが美味しい!」 「いっこ頂戴」 「やーだよー」 ぶどう味のアイスを口に放り込んだ 浩司に腕を引っ張られ振り向いた時、浩司の唇が私の唇を覆った 「んっ…!」 「もらい」 そう呟いた浩司の口に私のアイスが移っている 私の口には、熱か、浩司に溶かされたかわからないアイスの欠片が残った よく、初キスはレモンの味とかいうけどさ 私はぶどう味だったんだよね 浩司は私にキスしたのに、何ともないようなスカした顔をしていた いや、なんとも思ってないからスカした顔なのかな 終点の駅まで、電車に揺られて一緒に帰った 駅に着くと浩司は録画したテレビ見なきゃ、といいながら小泉線で帰っていった 私はなんとなく帰る気分になれなくて、駅近くのベンチがあるところで少し佇むことにした 頭も整理したくなったし
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