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雨笠に蓑と言ういでたちであってもこの湿気で衣類は肌にへばりつき、動く度に擦れるものだから体のあちこちが擦り切れて血が滲む、すっかり水を吸った草鞋で歩くようやくそれとわかる程度の危うい道は時にぬかるみ、時に沢と化し行く手を阻んだ。枯れ木の様に歳を重ねた俺にとってそれは強行軍だった。
薄闇に光る白糸の様な降りしきる雨の山中を三日間、遭遇は唐突だった。
カビに染まり擦り切れ汚れた着流しの裾から雫を滴らせ、笠すら使わぬその顔には長い黒髪が張り付き表情を隠している。
この山は頂を常に霧に閉ざしていて雨が降らない日は無い、それは黒潮が運ぶ温かく湿った空気が山腹に引っ掛かるからだとされているがこう言う民話もある。
雨を降らし続ける女妖怪、『雨降らせ』が住むのだと。
さぁさぁと雨音が響く中俺達は言葉も発さず向かい合っていた。
俺が逃げなかったからなのか、相手は静かに背を向けた。
「待ってくれ!」
それしか出せなかった俺の叫びに妖怪は立ち止まり、微かにだけ頭を向けた。だが俺はそこから何と声を掛けて良いのかわからなかった。雨降らせのみすぼらしさと、そしてそれに見合わぬ凛とした立ち姿に唇を噛み締める事しかできない。
言葉を探しあぐねているとやおら相手が声を上げた。
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