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「お前は、ただの優しい女だ。俺は迎えに来たのだ。」
空気が変わるのが分かった。
それは張り詰めた鬼気迫る怒りだった。
俺は悟った、この妖怪に言い寄った者がかつていたのだ。どんなつもりでそれをしたのか、何か企てがあったのか、長らく一人でいた雨降らせはその言葉にどれほど魅力を感じただろうか。
「戯言を抜かすな!わしを迎えるとな。汝はこの雨の中で暮らせると言うか。お天道さんの当たらぬ灰色の日陰に死ぬまで身を置けるのか!無理だ。人の子にそれは出来ん。」
俺はああそうだと答えていた。
「そうだ、人の子が雨の中にずっと暮らす事などできん、耐えられるものじゃない。」
「なら帰れ!もう二度と山へ入るな!」
雨降らせは背を向けた。雨のせいかそれは泣いているように俺には見えた。
そうだ、人の子が死ぬまで青空を取り上げられるなんて事に耐えられる訳は無いのだ。
俺は、立ち去ろうとする妖怪の背に語り掛けた。
「その昔この山の下に広がる平野は耕作には向いていなかった。川らしい川も無く、山に水を貯め置く力が無かったからだ。土地の者の暮らしは貧しく干ばつにやられる事も多かった。それでお稲荷様を土地神にお越し頂き、手厚く祀ってすがった。」
妖怪の泥だらけの脚が止まった。
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