雨降らせ

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「お稲荷様は豊穣の神、何とか土地の者をぎりぎりお救い下さってはいたが作物には充分な水が必要、そればかりはどうにもならなかった。そしてある年に続いた日照りが農業用水どころか飲み水さえ枯渇させた。来年まで誰一人生きられそうになかった。」  雨降らせは背を向けたまま立ち止まっていた。俺の話を聞いてくれていた。 「所が土地の者は犠牲者を出しながらも生き残った。ある日山に霧がかかり雨が降り出したのだ、山にだけだ。そこで降った雨は今までなかった大きな川を作り出し平地のあらゆる営みのすべてを潤すのに充分な水量を提供し見渡す限りの田畑を広げさせた。これまでが嘘だった様に土地の者は豊かな暮らしが出来るようになった。俺が元服する前の話だ。」  俺の言葉に反応したように妖怪はちらりと振り返った。  こんな枯れ木の様な(じじい)が元服前とはどれほど前なのかと探ったのだろう。気の遠くなる灰色の闇の中でこの妖怪は時を完全に失ってしまったのだ。 「汝、(よわい)は。」 「さぁ、二十歳を過ぎたのは確かだが俺には問題ではない。」 「こけにするつもりか。」 「そうではない。本当にどうでも良いのだ、俺には。」  雨降らせはそうかと呟くとあっさり興味を失った。そうだろう、この妖怪のこれからが薄墨の闇の中なのは変わりない。
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