3.ラストオータム

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3.ラストオータム

 それから業務をこなす中で芽依は二つミスをしてしまった。いつもなら出来ることが出来ない。集中力が続かない。 小池にもフォローばかりさせてしまった。 「小池さんすみません。ミスばかりしちゃって……」 『気にしなくていいよ。着替えたら店の前でね』  勤務を終えて廊下で小池と別れる。女性用更衣室で着替えを済ませた芽依は従業員出口から外に出た。 すっかり日の暮れた午後6時の街。店の前で小池が待っていた。私服に着替えた彼は先ほどまでとは雰囲気が違い、照れ臭そうに芽依の隣を歩いている。  映画は三軒茶屋からすぐに行ける渋谷の映画館で観ることにした。三軒茶屋駅から渋谷駅までは乗り換えなしで5分で行ける。 渋谷に到着しても隣で並んで歩く二人の間隔は少し開いていた。恋人でもなければ友達でもない異性との適切な距離感が芽依にはよくわからない。  土曜日の映画館は混んでいた。カップルの姿も多く、自分と小池も周囲から見ればカップルに映るのではないかと思う。 芽依達が観るラストオータムの上映開始時刻は7時だ。1時間半の映画が終わる頃には9時が近い。 「芽依ちゃん?」 飲食販売の列に並ぼうとしていた芽依は左方向から名前を呼ばれた。赤いチェック柄のワンピースを着た女性が手を振っている。 「美月先輩!」  芽依は驚きと歓びの二つの感情が混ざった声を上げた。芽依と同じ大学の2年先輩で密かに憧れている浅丘美月がそこにはいた。 「偶然ね。もしかしてデート?」 チェック柄のワンピースの裾を翻して美月が芽依に歩み寄る。彼女は芽依の隣にいる小池に会釈した。小池も会釈を返す。 「違いますよ。バイト先の先輩に映画の優待券があるから誘われて……」 「私に言い訳しても仕方ないでしょー?」 大袈裟に首を振る芽依を見て美月は微笑む。今日も浅丘美月は優しくて愛らしい。 「先輩はデートですか?」 「うん。彼は飲み物買いに行ってる」  美月とこうして話をするのも久々だった。彼女とは学部もサークルも同じだが、夏に美月がサークルを引退してからは顔を合わせる機会が少なくなった。 「美月先輩、プロポーズされたって話本当ですか? 噂で聞きました」 「芽依ちゃんにまで伝わってたの? うん、本当だよ」 「わぁっ! おめでとうございます! 大学生でプロポーズされるって凄いです!」 「ありがとう。付き合って5年になるし、彼は社会人だからね」 美月の彼氏の噂も耳にしたことがある。メンズ雑誌の読者モデル経験もある年上の社会人。 彼氏の出身大学の啓徳(けいとく)大学では4年連続ミスター啓徳となり、彼のミスターコンテスト四連覇は伝説として語り継がれている。 「結婚式はいつですか?」 「来年の秋の予定。ドレスの試着も始めてるんだけどね、ドレス着るにはちょっと痩せないとなぁ……」 「先輩は細いからそのままで大丈夫です。絶対世界一綺麗な花嫁さんになりますよ!」 「もう。芽依ちゃんは褒め上手だねぇ。……彼が来たから。またね」  二人分の飲み物を持つ恋人の姿を見つけた美月がまた芽依に手を振る。芽依も笑顔で美月に手を振り返した。 『大学の先輩?』 「そうです。可愛い人でしょう? 卒業後に彼氏さんと結婚するんですよ。美月先輩が奥さんになるなんて彼氏さんが羨ましい」 『ははっ。結婚が羨ましいんじゃなくて、先輩と結婚できる彼氏が羨ましいんだね』 「はい。私が本屋のバイトを始めたのも美月先輩が本屋でバイトしているからで……。私の憧れの人なんです」  美月は綺麗で可愛くていつも笑顔で、人に囲まれている。あんな人になれたら、自分も人生の何かが違っていたのかもしれない。 生まれてからずっと人生が愛に溢れていた美月と自分では最初からスタートラインが違うと芽依は諦めていた。 美月みたいになれたら良かったのにと思いながら、彼女は飲み物購入の列に並んだ。
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