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13
授業が終わったあと、言われたとおり下駄箱で佐伯さんを待った。多少ドキドキはしているが前ほどじゃない。たぶん俺の心はどこかへ行ってしまったんだ。誰かさんのせいで。
「待たせてごめんね。行こっか」
俺は佐伯さんの後ろをついて歩いた。歩きながら佐伯さんが「兄弟いる?」と聞いた。
「いないよ。一人っ子」
「そうなんだ。私はね、お姉ちゃんがいるんだ。十個離れてるんだけどね」
佐伯さんは話し続ける。聞いてはいるけど、内容が頭に入ってこなくて早々に放棄した。適当に相槌を打ちつつ歩いているだけだ。はっきり言ってめちゃくちゃ失礼だと自分でも思う。
「それでね、お姉ちゃん、この前あの役所のプリンスと一緒に出かけたんだって」
「え?」
突然現実に引き戻される。今何て言った?
「藤森くん、その人と幼馴染なんだよね?臣さん、だっけ。びっくりでしょ?役所で働き始めたとは聞いてたんだけど」
そう言われて、あのきれいな人の顔が浮かぶ。
「もしかして、マキさん?」
「なんだ、藤森くん知ってたんだ」
マキさんが佐伯さんのお姉さん?あの時マキさんの顔に見覚えがあるような気がしたのは、佐伯さんと姉妹だったからか。そう言われて見れば、少し垂れた目元と口元の雰囲気がよく似ている。
「お姉ちゃん、旦那さんに内緒でプレゼント渡すつもりでね」
「は!?誰に!?」
今なんて言った?旦那?
「え、と、旦那さん、に?」
「ちょっと待って、不倫してんの?」
「えぇ!?不倫!?誰と誰が?」
「いや、だから臣とマキさんが!」
そこで突然佐伯さんが吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「なんでそうなるのよぉ〜」
「だって、だって二人、デートして……」
「違うよ、そうじゃなくて。もう、話聞いてなかったでしょ」
佐伯さんは目の端にたまった涙を人差し指で拭いながら言った。
「お姉ちゃんね、お義兄さんに手作りのものをあげたかったんだって。その話を臣さんにしたら、自分も作りたいってなったらしくて。じゃあ一緒に行こう、ってそれだけよ。そういうのデートって言わないじゃない」
ましてや不倫なんて、そう言って佐伯さんはまた無遠慮に笑い出した。
付き合ってるわけじゃなかったのか。
「手作りのものってなんだったの?」
俺はまだ混乱しつつある頭をなんとか回転させて話を繋げた。
「ペアグラスって言ってたかな。見せてもらったけどすごく綺麗だったんだ」
あの時、地面に落ちた紙袋から、何かが割れたような音がした。あれはきっと、もしかしなくてもグラスの割れた音だ。
「ね、作りに行かない?私達も」
佐伯さんはそう言って、私もあげたい人がいるんだと微笑んだ。
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