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   授業が終わったあと、言われたとおり下駄箱で佐伯さんを待った。多少ドキドキはしているが前ほどじゃない。たぶん俺の心はどこかへ行ってしまったんだ。誰かさんのせいで。 「待たせてごめんね。行こっか」  俺は佐伯さんの後ろをついて歩いた。歩きながら佐伯さんが「兄弟いる?」と聞いた。 「いないよ。一人っ子」 「そうなんだ。私はね、お姉ちゃんがいるんだ。十個離れてるんだけどね」  佐伯さんは話し続ける。聞いてはいるけど、内容が頭に入ってこなくて早々に放棄した。適当に相槌を打ちつつ歩いているだけだ。はっきり言ってめちゃくちゃ失礼だと自分でも思う。 「それでね、お姉ちゃん、この前あの役所のプリンスと一緒に出かけたんだって」 「え?」  突然現実に引き戻される。今何て言った? 「藤森くん、その人と幼馴染なんだよね?臣さん、だっけ。びっくりでしょ?役所で働き始めたとは聞いてたんだけど」  そう言われて、あのきれいな人の顔が浮かぶ。 「もしかして、マキさん?」 「なんだ、藤森くん知ってたんだ」  マキさんが佐伯さんのお姉さん?あの時マキさんの顔に見覚えがあるような気がしたのは、佐伯さんと姉妹だったからか。そう言われて見れば、少し垂れた目元と口元の雰囲気がよく似ている。 「お姉ちゃん、旦那さんに内緒でプレゼント渡すつもりでね」 「は!?誰に!?」  今なんて言った?旦那? 「え、と、旦那さん、に?」 「ちょっと待って、不倫してんの?」 「えぇ!?不倫!?誰と誰が?」 「いや、だから臣とマキさんが!」  そこで突然佐伯さんが吹き出し、腹を抱えて笑い出した。 「なんでそうなるのよぉ〜」 「だって、だって二人、デートして……」 「違うよ、そうじゃなくて。もう、話聞いてなかったでしょ」  佐伯さんは目の端にたまった涙を人差し指で拭いながら言った。 「お姉ちゃんね、お義兄さんに手作りのものをあげたかったんだって。その話を臣さんにしたら、自分も作りたいってなったらしくて。じゃあ一緒に行こう、ってそれだけよ。そういうのデートって言わないじゃない」  ましてや不倫なんて、そう言って佐伯さんはまた無遠慮に笑い出した。  付き合ってるわけじゃなかったのか。 「手作りのものってなんだったの?」  俺はまだ混乱しつつある頭をなんとか回転させて話を繋げた。 「ペアグラスって言ってたかな。見せてもらったけどすごく綺麗だったんだ」  あの時、地面に落ちた紙袋から、何かが割れたような音がした。あれはきっと、もしかしなくてもグラスの割れた音だ。 「ね、作りに行かない?私達も」  佐伯さんはそう言って、私もあげたい人がいるんだと微笑んだ。
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