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「こいつさぁ、何回やっても倒せないんだよな。臣やってみて」 そう言ってコントローラーを渡したが反応がない。というより、部屋に来てから臣は何かを考え込んでいるみたいにうわの空だ。  もともとぼーっとした奴だけど、今はそれに輪をかけてふわふわしている。目の前で手を振ってみても、名前を呼んでもビクともしない。仕事で疲れてるのかと思い、肩でも揉んでやろうかと思った瞬間、臣がぼそっと呟いた。 「油断した」 「は?なに?」 「あともう少しだと思って油断した!」  突然叫びだした臣に驚いて肩が跳ねる。 「お、臣?どうした、急に」  手を伸ばすとその手をがしっと掴れる。 「僕、ずっと我慢してたんだよ?初めて会った時から朔ちゃんが十八歳になるまではと思って。それなのに、こんなことって……ないよ、ありえない……」  俺の手を両手で掴みながら、ブツブツと独り言を言っている。付き合いは長いが、こんな臣は見たことがない。 「お、おい。なんかよくわかんないけど落ち着けって」 「まぁ、そうだよね。朔ちゃん可愛いから女の子が放って置くはずないもん。それに最近は髪とかもセットしちゃったり体鍛えたりして格好いい路線目指し始めてるし、なおさらだよね。目立たれたら困るけどカッコつけてるの可愛くてどうしても止められなかった……!!」 「てか体鍛えてるのなんで知ってんだよ!!」  恥ずかしくて誰にも言わずにいたのに、なぜ知ってるんだ。器具とかも隠してたはずなのに。いつバレた。なんでバレた!? 「そんなの見ればわかるに決まってるでしょ!!何年見続けてると思ってるの!?」 「あ……す、スンマセン」  余りの剣幕に思わず謝罪の言葉が出てきてしまう。 「僕はね、朔ちゃんの事なら知らないことなんてないんだよ?何でも知ってるんだから」  真顔でそんな事を言われても怖いだけなんですけど。なんかキャラ変わってない?いつものおっとりした臣はどこいったんだ。 「臣、なんか怖ぇから、ちょっと。痛ぇし、手放して」 「やだよ!何年ぶりに手を繋げたと思ってるの!?五年ぶりだよ?離さないよ!絶対!」  なになに、もうなんなの。あれかな、ちょっとしたブラコン?みたいな感じなのかな?本当の兄弟じゃねーけど。にしたって行き過ぎだろ。なんか鼻息も荒いし。 「はぁ、朔ちゃん、可愛い。いつ見ても可愛いね。十年前からずっと変わらず可愛い」  そう言って掴んでいた俺の手を下から上へなぞるように舐め上げた。 「ギャーーー!!!」  背中にゾワリと鳥肌が立った。なんなんだよ、キモい!怖い!助けて!!!でもなぜか体が動かない。 「朔ちゃん、僕すごく我慢したよね。長かった……。もうそろそろいいよね?ね?」  目を血走らせた臣はそう言って俺の体をひょいと持ち上げベッドに寝かせた。何するの!?何する気!!?  臣は俺の名前を呟きながらハァハァと鼻息荒くズボンに手をかけた。ボタンが外れファスナーが下げられる。  あ、犯られる。  そう思ったと同時に俺は臣の横っ面に思い切り平手を打った。パシンッと乾いた音が部屋に響く。平手打ちの衝撃でベッドの下に転がり落ちた臣は頬を抑えて横たわっていた。  俺は怒りと恐怖で震える体を両手で抱えながら、片足で臣の体を踏みつけ身動きが取れないようにしてから言った。 「ふざけんなよ!」 「朔ちゃん……」  臣の目に涙がたまる。そんな顔したって許さない。許せるわけがない。 「何考えてんだよ。マジで意味わかんねぇ。俺のこと、ずっとそういう風に見てたのかよ!」  臣はこの世の全ての絶望を背負ったような顔をして俺を見ていた。涙がどんどん溢れ、臣の顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。綺麗な顔もこうなってしまえば台無しだ。 「もういいから帰れよ」  さすがに変な気は失せたと見えて、臣の体から足を離す。 「朔ちゃん……ごめんなさい」  大の大人が子供みたいに嗚咽を漏らし、泣きじゃくっている。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。 「帰れって」  臣を足下にしたことに罪悪感が出てきて、目を見て話せない。早く部屋から出て行って欲しい。そして当分顔も見たくない。 「嫌いにならないで……」 「出てけよ」  嫌いもクソもあるか。こんなことしておいて。今まで優しくしてたのも全部下心があったからなのかよ。こういうことをするつもりで。本当に家族みたいに思ってたのに。信じられない。俺は臣に裏切られたんだ。  部屋のドアが閉じる音がして、臣が出ていったことがわかったけれど、ついさっき起こったことで頭が混乱して、その場に立ち尽くす事しかできなかった。  こんなことになってどうすればいい。今まで通りになんてできるはずない。母ちゃんにバレたら?おじさんにだって絶対バレちゃダメだ。ずっと、うまくいっていたのに……。  一階から母ちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえる。今は何をする気にもなれなくて、布団をかぶってそのまま眠ってしまうことにした。
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