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 吉永と別れた俺は、晴れない気持ちのまま家へと向かって歩き出した。なんとなく足取りが重い。  あれからずっと臣の事を考えている。もしかしたら冗談だったのかもと思ったけど、あの目はどう見てもマジだった。同性だからというのはこの際置いておくに信として、信頼していた人物が、しかも奥手だと思っていた幼馴染が突然豹変したのはあまりにもショックだった。  昨日の臣の態度はあり得ないし、自分でも酷いと思う。でもその一方で、臣が言うように本気で俺のことを十年も好きだったって言うなら、俺がしたあの仕打ちは臣をかなり傷付けたんじゃないかとも思う。  俺だって普通に言葉で伝えてくれれば、あんな態度は取らなかったかもしれない。少なくとも責めたり叩いたりはしなかったはずだ。臣を許せない気持ちもあるけど、手を上げてしまった自分に負い目を感じている。  深いため息をついてから顔を上げると、メゾネットタイプのアパート群が見えてくる。いくつか似たような形状の建物がある中で、一番古いのが俺達の住んでいるアパートだった。  臣の家に明かりはなく真っ暗だった。残業か、それともどこかへ出かけているのだろうか。当分は会いたくない。気持ちが落ち着くまでなるべく会わないようにして過ごそう。  家の玄関先でリビングの電気が付いてることを確認し、ただいまーと声を掛ける。母ちゃんの普段通りの「おかえりなさい」と、夕飯のいい匂いがして、憂鬱な気分が少し落ち着いた。 リビングのドアを開けた瞬間、目の前の予想外の光景に俺は叫んだ。 「なんでいるんだよ!」  臣と母ちゃんが向かい合わせに食卓を囲んでいる。それ自体はいつも通りだ。でも今はそのいつも通りがあっちゃいけないはずだった。 「朔太!なんなのその態度は。まずはきちんと挨拶なさい!」  もの凄い剣幕で怒る母ちゃんに、臣がいいんですよ、と声を掛ける。 「朔ちゃん、おかえり」  臣はバツの悪そうな表情を見て、昨日のことが鮮明に思い出されてくる。早く部屋へ行って一人になりたい。だが、そう上手くはいかないようだった。 「朔太、ちょっとこっちに来て座りなさい」  ここで拒否するのもおかしな話だし、母ちゃんにだけは絶対に悟られたくない俺は、黙って椅子に座った。 「あのね、朔太。最近あんたものすごく成績悪いでしょう?」  この間の期末テストの事を言っているのだろう。高校に入ってから徐々に授業についていけなくなった俺の、二年生最後の期末考査は見るも無惨な結果だった。九教科中赤点が二つ、赤点ギリギリが一つつ、その他もパッとしない点数で、はっきり言って結構やばい。このままだと浪人まっしぐらコースだ。 「大学受験も近いし、また臣くんに勉強教えてもらえないかと思って。相談してたの。」 「は!?勉強くらい自分でなんとかするっつの」  今この状態で臣と毎日顔を合わせるなんて無理だ。なんとしても阻止したい。だがしかし、このズタボロの成績を自力で上げることができそうもないのも事実だった。 「本気でなんとかする気ならもうしてるでしょう。毎日ゲームばかりして……。勉強してるとこなんて見たことないわよ」  うっ……。それには言葉を返せない。 「臣くんもやってくれるって言ってるし、お言葉に甘えて見てもらいなさい」  臣は母ちゃんの言うことに逆らえない。逆らったことがない。だから本心がどうかなんてわからない。昨日の今日でこんな展開になるとは思わなかった。そしてこの事態が覆らないらしいことは、母ちゃんの般若顔を見れば明らかだ。どうやら俺はこれから毎日、臣と二人きりで勉強をしないといけないらしい。
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