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 しっかり予習しておいてね、という臣の言葉を、俺はバカみたいに守ってバカみたいな顔で机に向かっていた。あいつは臣であって臣じゃない。あんな事を言ったりするのは俺の知っている臣じゃない。そう思うなら無視してやればいい、と思うのだが無視した時の方が余程恐ろしい目に合いそうな気がしてできない。  普段の臣なら例え俺が約束を忘れてしまっても「いいんだよ」と笑って許してくれると思う。けどアイツは違う。約束を破りでもしたら最後、地のはてまで追いかけてきて「逃げられると思った?」とでも言いながら、ブリザードの如く冷たい瞳で俺を睨みつけてくるだろう。  その後のことは知らない。考えたくもない。その後のこと、を想像して思わず胸に手を伸ばす。これ以上変な事をされたら困る。大体、昨日の一件以来なんだか胸の辺りがモヤモヤ、ざわざわしているのだ。  執拗に弄り回されて敏感になっているのかもしれない。体育の授業で体操服に着替える時は、みんなから離れるようにして着替えた。とにかく敏感になっていて、何もしていなくてもちょっとした衣服の擦れで胸の尖端が否応なく反応してしまった。 「全部臣のせいだ……」  ぽつりと呟いて、机に突っ伏す。臣のせいで俺の体がおかしくなった。今はまだ我慢できる。でもまたされたら?自分がどうなるかわからない。 「何が僕のせい?」  聞き慣れた柔らかい声音が突然耳元に降ってくる。 「ぅわっ!!臣っ!!いつ入ってきたんだよ!!」  いつの間にか背後に座っていた臣の体を押しのけながら叫ぶ。臣はそんな俺を見てふふ、と笑い、何も答えなかった。帰ってきてからずっと監視されていた、という考えが頭を過ぎったが怖すぎたので却下した。 「僕のせいで朔ちゃんに何かあったの?」  臣は薄っすらと笑みを浮かべながら聞いてくる。以前ならこの薄ら笑いを微笑みだと認識しこちらも笑みを投げ返していたけど、今となっては全然別のものに見えるのが不思議だ。 「べ、別に」  昨日の一件で胸の様子がおかしくなっただなんて、死んでも知られたくない。俺は臣から目を逸らし、それとなく腕で胸を隠しながら否定した。 「朔ちゃんは優しいね」  臣は先ほどとは違う笑顔を浮かべながら言った。こっちはいつもの臣の優しい微笑みに感じた。 「な、何だよ。突然」 「あんなことされても平気で僕を部屋に入れるんだもん」  ニコリと笑ったその顔は、やっぱり臣じゃないように見えて、どっちが素なのかわからず更に混乱してしまう。 「勉強しないとマジでやばいからだよ」 「教えて貰うのは僕じゃなくたっていいのに。朔ちゃん、友達たくさんいるでしょう」  知ってるんだよ、と言わんばかりの表情で煽ってくる。 「みんな俺とどっこいどっこい。あいつらに教えて貰うなんて無理」 「最近仲良くなった、ほら、あの子がいるじゃない」  勿体ぶった物言いに、すぐに佐伯さんの事だと察しがつく。一体何をどこまで調べたんだろう。 「佐伯さんには頼めねぇよ。カッコわりぃ」  クラスでも成績が良い方の佐伯さんなら、人に教える事もできるだろう。でも俺のミジンコのように小さなプライドが、それだけは絶対にだめだと言う。男は女の前で格好つけたい生き物なのだ。 「ふぅん。それなら僕も教えるのやめようかな」 「なんでそうなる」 「だって、頭良くなって朔ちゃんがモテちゃったら僕困るもん」  唇を尖らせ、ふてぶてしい態度で言い放つ。俺への好意を一切隠す気がないのはわかるが、こうも当たり前のように言われると何と返せばいいのかわからない。 「べ、つに、そんくらいで、ないだろ」  と、充電切れのロボットのような細切れの返事をしてしまい、臣にまた笑われた。 「そうだね。じゃあ始めようか」  あっさりと肯定されると、それはそれで腑に落ちないというか、納得いかない気にもなるが、とにかく俺は勉強さえ教えて貰えればいいのだと、自分に言い聞かせてペンを握った。
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