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「今日からこれを使って勉強しようね」
目の前にバサリと積まれたぶ厚い冊子に目が丸くなる。表紙にはそれぞれ数学、英語……、と教科名が質素に記載されているだけで、恐らくは手作りされたものなのだろうとわかる。冊子をパラパラと捲りながら何これ、と聞いてみれば、朔ちゃんが苦手なところだけで作った問題集、とさらりと言ってのけた。
「いつの間に……」
思わずついて出た感嘆の台詞に臣はまんざらでもなさそうな顔で応える。
これほどの量の問題集を一夜のうちに作れるはずがないのは聞かなくてもわかる。いずれ俺が勉強を教えてくれ、と頼む込む日が来るのを見越して計画を企てていたとでもいうのだろうか。そう考えると、この緻密な計画は高校受験の時から始まっていたのかも知れない。俺の頭を考えれば高校はもう一つ下の所でも十分なくらいだった。
それが臣の協力もあって、先生達が驚くレベル(とは言っても俺を基準にすればということだが)の高校に入学できたのも、もしかしたらこうなる事を予測していたからかも知れない。俺が十八歳になった時に、自然なタイミングで二人きりになれる環境を整えていたのかと考えると、臣の底知れぬ周到さに嫌な汗が背中を伝った。
またおかしな事になったらどうしよう、という俺の心配をよそに、その日から臣はかなり真面目に俺の勉強を見てくれるようになった。
わからなかった問題がするする解けるようになり、意味不明の公式も理解できるようになっていった。受験の時も思ったけれど、臣は勉強を教えるのが教師より上手い。誰に対してもこうなのか、はたまた俺への教え方を熟知しているからなのかは謎だが、これなら次のテストはいけるかもしれない。
そんな思いが確信に変わりつつあったテスト前日、すっかり臣への不信感を失っていた俺に、突如バカでかい爆弾を落とした。
「朔ちゃんの成績が上がったら、ご褒美が欲しいなぁ、僕」
俺は問題集からゆっくりと顔を上げ、頬杖をつきながら薄っすらと笑みを浮かべる臣を凝視した。
「ご褒美って……、なんで俺じゃなくてお前なんだよ」
「だって僕、無償で教えてるんだよ?朔ちゃん専用の問題集まで作って」
それはお前が勝手に作ったんだろ、と文句を言おうとしたところで、タダでやってもらっているのは確かだし、臣の言い分は何も間違っていない事に気が付く。
「でも、俺金ないぞ」
「体があるじゃない」
臣はにんまりと笑って俺の頬を撫でた。
「んな!はっ!?む、無理だからな!それは!そういうのはなし!」
「まだ何も言ってないよ」
「でも無理なものは無理。金と体以外でならいい!」
臣は暫く眉をひそめて考え込んだあと、それ以外何があるって言うの?と不思議そうな顔で答えた。
「いろいろあるだろ!肩たたきとか」
「あぁ、そういう体の使い方はアリなんだ」
「………」
体なんていうかてっきりエッチなことをさせられるのかと思っていた自分が猛烈に恥ずかしくなる。だって、そういうやつかと思うじゃんか!ここ数日の臣を見てたら!
「まぁ考えとく。けどやりたくないからってテスト、手を抜いちゃダメだよ」
「へ、変なのはダメだからな!」
「はいはい。エッチ系じゃないやつね」
からかうように言われて、俺はまた恥ずかしくなる。赤くなった顔を見られないように、問題集へと顔を伏せた。
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