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鈴の男気(すずのおとこぎ)5
制作:kaze to kumo club
西南の正門は長い坂道の上にあり、多くの学生たちを迎え入れていた。
ブツクサと独り言を言いながらも……人型灰色猫の鈴は、その正門へと……
ふらふらと向かっていた。
夏の到来の早さを思わせる……キツい日差しが、夜型の鈴をムダに苛立たせる。光の風邪のせいで、だるく、辛い身体を……無理矢理引きずり、フラつく意識を保とうと元ボス猫は……健気な努力していた。
そもそも負ける事が大嫌いな鈴は、昔から弱音を吐く事ができない性分だったのだ。
「ああ〜もう〜! だから人間は嫌いなんだよ! 勉強とか、常識とか……訳の分からん事ばかりに気を使ってよう! 一番大切な事が……テーンで解ってねえ! たっくよう〜」
ーー何言ってるの? 鈴ちゃん……? 私にも分かるように言ってよ!?ーー
心の中でふくれる光の表情は今にも泣きそうな顔で、かなり熱がある赤い頬をしていた。ふてる鈴はその顔を横目でチラ見しながら、少し悪い気にもなりつつあった。嫌な気持ちを振り払うみたいに鈴が叫ぶ。
「要するに……さあ。辛いのに無理して学校なんぞに行く事はねえーんだよ、光! 違うか……?」
ーーだって、今日は大事な英語のテストがあるのよ! また赤点取ったら、ママに怒られるもの……ーー
呆れた顔をして、立ち止まる鈴が言う。
「あのな〜、光! お前、死にたいのか? 熱もあんのに、そんな理由で動いてよう。あたいまで道ずれにされたんじゃー、割に合わねえーんだよ! このバカ!!」
ーーああ〜、ひどーい! 私だって好きで来てるんじゃないのよ、鈴ちゃん! 学校行くのは人間の義務なの。義務!!ーー
「ケッ、知った事かよ、そんな事! やめだ、辞めだ!! あたいは一抜けた……と……!?」
ーーええー!? まっ、待ってよ、鈴ちゃん! せっかく、ここまで来たのに……??ーー
泣きながら鈴にすがり付く光の腕が熱い。激しく咳き込み出し、潤んだ瞳を上目使いに向けてくる。鈴は鼻水だらけになりながらも、必死にしがみつく、光の意外な根性に圧倒されていた。
「……ちっい……。たっくーよう……」
見かねた鈴が手を差し出そうとした……その瞬間だった。
「おい、こら、あんた!? 何、一人でブツクサ言ってんのさ? 遅刻するわよ!」
不意の言動に驚いた鈴と、心の中の光が……声の方向を見上げた。
大柄の女がそこにいた。正門前に立ち、風紀委員の腕章を付けている事に光が気がつく。
人型鈴と内なる光は……いつの間にか……正門に到着していたのである。
「早くしなさいよ! 時期にチャイム鳴るわ。 正門を閉めるわよ!」
黄色い腕章の女は、体重100キロはありそうな巨体をこまめに動かしつつ、大きく横長い黒い鉄の正門を壁から引っ張り出そうとしていた。
光の表情が……見る見る青ざめて行く。
「なんだ、てめえは……? ブタも学校に通うのかよ? おもしれえ!?」
突然、ケラケラと笑い出す鈴。さらに青くなる光は……倒れそう。
カチーン……と言う音がどこかで鳴った気がした。
あたりを見回す鈴は、ブタ女に尻を向ける。
「おい、お前! 今、なんて言ったの?」
凄むブタ女の目が睨む。
だが、鈴は気づきもしない。光が心配なのだ。
「なあ〜光。今、変な音がしなかったか?」
怒るブタの青筋が目立ち出す。
ガバッと、人間型鈴の右手をブタ女が掴んだ。
「ちょっと……あんたね〜。学年と名前は……?」
振り返る鈴が不思議そうに言う。
「んんー? ブタが……なんか用か……?」
ピキピキと……ブタ女の額にシワができる。内なる光は、両手を思わず口元につける。
「ふざけてんの、あなた……? マジに怒るわよ!」
「はあ? 何言ってんの? アホブタ!?」
半開きの目で、鈴が言った。
「……ヌヌヌヌヌヌ……、お・ま・え……」
真っ赤な炎みたいに怒り狂ったのブタ女が、今にも切りそうになる。
ハテな顔の鈴が、首を傾げて語る。
「なあ〜光。こいつも……人型ブタなのかなあ……?? けど……ひでーえ顔だぜ、まったく……」
ブチッと……何かが切れる音がした。
目を伏せる光。それに気がついた鈴が、伏せた光の顔をさらに除き込む。
「どうした、光? 辛いのか……?」と……小声でつぶやく鈴。
その背後には……巨大な怒れるブタが、仁王のように立ちはだかった。
「ふざけるな!」
「はい?」
突如な声に、再び振り向く鈴が、ブタに掴まれた右手を解く。その力に……巨体のバランスを崩したブタ女が……倒れる感じで……鈴の前によろめいた。
悲劇はその時……起こった。
「おっと、あぶねェ〜」と、解いた右手をブタ女に差し出そうとした鈴だったが……思わず、右手の拳を振りあげてしまう。
ゴン!……と鈍い音が響く。驚く内なる光の瞳。見ると……鈴の右こぶしが……見事なまでに……ブタ女の顔面を直撃していた。
「あら……??」
目パチクリとしたのは……鈴だけではなかった。
たまたま遅刻をまぬがれた数名の女子学生と、忙しさあまりに風紀委員に、正門の開閉を頼んだ体育の先生らまでが……その奇妙な瞬間を……しっかりと目撃していたのだ。
それはまるで……細くて、きゃしゃな少女が……力士のようなブタ女を……たった一発の右ストレートパンチで……倒したようにも……見えたのだった。
ドドーンと、地響きと共に……地面に顔面を鎮めるブタ女は……もはや……意識を失っている。その場に……緊張と……静寂が走る。
「なっ、なんだ……、こりゃ〜……??」
途方にくれる鈴の脳裏では、青ざめ過ぎて……アワワ……となっている光が……悲鳴のように言葉を叫んでいた。
ーーなっ、なんて事するの、鈴ちゃん! 相手が誰だか……解ってんの……?あなたは……?ーー
「はい?」と苦笑いする鈴。
ーーその人はね。柔道部の副主将よ! 毎年、県大会にも出てる……不敗無敵の柔道部の……花形選手の一人なのよ!!ーー
「…………?」
頭をひねる無知な灰色猫は、キョトーンとしている。
ーーメチャ怖い人なの、その人! なのに……殴り倒すなんて……。どっ、どうするのよ、これから……!?ーー
「…………??」
目が点になる……哀れなメス猫。
ーーああーもう! 逃げて、鈴ちゃん! 逃げるのよ、今すぐに……!!ーー
「いやだ! あたいは逃げない!!」
意地になる鈴が叫んだ。
ーーはあー?ーー
その場に座り込んで、両腕を組む鈴が……ふんぞりがえる。
「だって、あたい……悪くねえ〜もん! 全然、悪くねえよ、あたいはさあ。フン!」
どこまでも頑固で無知な……負けず嫌いの……元ボス猫の……鈴だった。
そして、どこからともなく……救急車のサイレンが聞こえてくる。
それは……これから始まるであろう……鈴と光の不思議で……デンジャラスな日々の……幕開けと……なったのである。
笑えるほどに……??
序章終了!
次回、第1章へ……つづく……?!
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