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「いいか。ドアを開けたら、僕はいったん、あっちの角に隠れるからな。
僕の姿が見えないからって、ビビるんじゃないぞ」
舞がうなずくと、翼もうなずいた。
教師が舞に気が付いて、近づいてくる。
まだ若い男性教師だ。
小さな舞に視線をあわせて、彼はやわらかい口調で話しかけた。
「どうしたのかな? ママはいないの?」
どきどきと心臓が鳴る。
嘘をついては、いけませんって、お母さんが言ってた。
でも、だけど。お兄ちゃんと約束したから。
舞はそんなふうに思いながら、スカートを、ぎゅっと握った。
「あのう。体育館はどこですか……」
教師と一緒に、体育館まで歩いた。
言われた通り、三十秒数えてから、ひとりで理科室まで戻る。
ドアに背をもたれて、舞を待っている兄の顔を見たら、ホッとして嬉しくなった。
「やったな。お前、すごいじゃん!」
いよいよだ。いよいよ扉が開かれる。
くるくると踊りくるうガイコツ、闇に浮かんで消える人体模型、理科室の夜の秘密のパーティー……。
だけど、翼はうつむくと、言いにくそうに小声で言った。
「ごめん。僕、カギ取れなかったんだ。先生に見つかって、怒られた」
「なあんだ」
舞は、気が抜けてしまった。
「ごめんな。楽しみにしてたのにな」
翼は、手の甲でぐいと目をこすった。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「アイス食べよう。グレープとオレンジ、どっちがいい?」
舞は、リュックサックから、小袋を取り出した。
だけど、アイスキャンディーは、すっかり溶けてしまっていて――。
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