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Scene 1 : 探偵カルヴィン・ゲリー。
コツン、コツン。
窓を叩く音が意識を呼び戻す。
今朝も恐ろしく寒い。
カルヴィン・ゲリーはひとつ身震いしたあと、ひどく冷え切った両足の爪先を擦りつけた。
もう少し眠りたいという願望は、窒息を防ぐために開きっぱなしにしてある小さな窓から空が白じんできているのが見える光景によって打ち消される。
カルヴィンは気怠い躰をベッドから起こし、寝癖のついたブロンドを乱暴に掻いた。
……寝覚めは最悪だ。
冷たい空気から身を守るために着ている寝間着は手首から腕まで躰を覆うようにして作られ、膝下まであるドロワーズもまた、太い麻紐で骨ばかりが目立つ腰にしっかりと巻きつけている。
けれどもどんなに重ね着をしても寒いものは寒い。
端切れで縫い合わせた布はかろうじてカルヴィンの躰を覆ってはいるものの、綿素材ではけっしてこの寒さに耐えうるだけの力は無い。
加えてシングルベッドは小さいし、開けっ放しの窓。さらには板張りの床ときている。
壁に埋め込まれた暖炉はあるが、贅沢品として知られているため、どの階級であっても夜通し暖炉を使用する家庭はなかった。
十二帖の小さなこの簡素な家。ここにはカルヴィンの他に誰もいない。
この生活を始めてから九年が経つのに、未だ慣れることはない。
重い足取りでベッドから抜け出し、洗面台に固定してある楕円形の鏡を覗き込めば、寝癖がくっきりついている。
写り込んだ顔は青白く血色が悪い。一文字に引き結ばれた色を失った唇、垂れ下がった眉尻。色を失った翡翠色の目。それらには悲壮感が漂っていた。
すべては今朝方に見た悪夢のせいだ。
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