竜之歯刷子

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◇ 「昨晩な、天蓋(てんがい)さまが来たよ」  私たちは、その人のことをいつからか「天蓋(てんがい)さま」と呼ぶようになった。竜之歯(たつのは)ぶらしだけを買っていくなら「竜之歯(たつのは)ぶらしさま」でも良かろうと小僧のころに思いもしたが、いざ大人になってみれば、商売人がその客を買い物のなかみで呼ぶのは、すこぶる失礼であると知った。かといってもちろん名前がわかるわけでもない。じゃあということで「天蓋(てんがい)さま」と呼んでいる。 「へえ、また竜之歯(たつのは)ぶらしおひとつ買われていったかい」  妻は、はたと顔を上げた。腹がふくらんでくるにつれ、顔にもいくぶん肉がついて、丸くなってきた。天蓋(てんがい)さまは竜之歯(たつのは)ぶらししか買われないのを妻も知ってはいるが、毎度念のためという様子で、妻はこう訊く。 「おん。ほんでいつものように、ゆったりゆったり帰られたわ」 「ほんにまあ、私がここへ嫁いでから毎月のこと。重かろうに」  妻は竜之歯(たつのは)ぶらしの話をするときには必ず、重かろうに、と言う。ここへ嫁いできて、職人が納めにきた竜之歯(たつのは)ぶらしを初めて受け取って重さに仰天してからずっとだ。天蓋(てんがい)さまよりもすこし小柄な妻からしたら、それはもう重たいものなのだろう。  次の月にも、またその次の月にも天蓋(てんがい)さまは店を訪ねて、竜之歯(たつのは)ぶらしを買っていく。私はもう十年もここで店番をしているが、竜之歯(たつのは)ぶらしをいただけますか、という声色さえ変わらない。天蓋(てんがい)さま自身が、お鎮守さまなのかもしれん、といつのころか私は思うようになっていた。 ◇
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