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別に、社会人として働くのは楽だろうなんて思ったことはない。
将来はビジネスウーマン! とか夢見ているけれど、それが実現するわけがないと分かっているし。
就職するにあたって染めた黒い髪の毛が現実で、これから上司に向けて頭を下げる毎日が続くのだろう。
――――そんなことを思いながらも、実はほんの少しだけワクワクしているのが私、若草麻衣(わかくさまい)だった。
お洒落で踵の高い靴は履くけれど、仕事として黒いそれを履くことは初めてで、一ヶ月経とうとしている今でもまだ慣れずにいる。
靴擦れを防ごうと絆創膏を貼り替える毎日。
スーツも制服とはまた違って、可動域がなんとなく狭い気がする。
オフィスではどこかで電話が鳴り響くし、誰かがパソコンのキーボードを叩く音がして、静かな時なんてどこにもないのではないかと本気で思えた。
(私、本当にこのままやっていけるのかな)
一日一日がもう精一杯で、仕事というのはこんなに大変なのかと思い知るばかり。
もちろん楽しいことだってある。達成感もやりがいもあるけれど、それに行き着くまでに倒れてしまいそうになるから厄介だ。
もっと月日を重ね仕事に慣れ、そして年数が経てばザ・キャリアウーマン! になれれば楽しく仕事が出来るだろうけれど、今はもうそんな夢を抱くことすら鼻で笑ってしまう。
ようするに、だ。
新入社員の私は、もう疲れてクタクタだった。
「岩波さん、すみません。確認お願いしてもいいですか?」
「おー、お疲れ」
先輩兼、麻衣の指導係である岩波航(いわなみわたる)に書類を渡す。
彼のデスクには付箋が数個貼られているが、綺麗に並べられ、まるで品物に説明書きをしているかのような整い方だ。
それに比べて、少し離れた自分のデスクはメモ帳と付箋が乱雑に散らばっていて、それだけでレベルの差が窺える。
「なぁんか疲れてんな、お前」
書類に目を通していたかと思えば、こちらに顔を向けて苦笑しながら岩波が言った。
「うう、そう見えますか?」
「見える見える」
頷く彼の手には赤色のペンが握られていて、またチェックが入るのかと隠さずに溜息をついた。
「私、このままやっていけるのか不安しかなくて」
「あー、そろそろそんな頃か」
岩波は赤ペンをクルンと手の中で回し、笑う。
「そろそろ一ヶ月だろ、働き始めて。疲れがピークになって嫌になるよなぁ」
俺もそうだったし、新入社員なんかそんなもんだと軽く言われ、麻衣はそんな簡単に言わないで欲しいと再び溜息をつく。
自分でも分かっている。ただ疲れて心が不安定になっているだけだと。
まずは一ヶ月。それから二ヶ月。そして三ヶ月目にしてやっと仕事に慣れて働けるようになるのだと誰かから聞いたことがある。
それでもきっとまだ立派な社会人なんかじゃなくて、形として働けるようになるだけなのだと実際働いてみて麻衣は実感した。
「この仕事、嫌いか?」
視線を書類に戻し、また赤ペンを走らせながら言う岩波の横顔はしっかりした社会人の男性で、けれど今はそれがなんとなく憎くて麻衣は睨むようにしながら「嫌い、では、ないですけど・・・・・・」と呟くように言う。
「自分が使い物になっていないのが分かるんで、歯がゆいっていうか、不安っていうか・・・・・・」
「ははっ、そこまで考えられてるなら合格点だろ」
「うっし」と彼はペンをデスクに置き、「ほら」と書類を返してくる。
黒と白だけだった書類に赤色が入り、まるで小学生の時に習っていた赤ペン先生を思い出させた。だがあの頃の方がまだ良かったと麻衣は思う。
「すみません・・・・・・いつも修正がいっぱいあって・・・・・・」
「だぁから、合格点だっつってんだろ?」
受け取ろうとした書類がスッと抜かれ、変りにポスンと額を軽くはたかれる。
「新人がいきなり仕事を完璧にこなせるわけがねぇんだって。間違えるのが当たり前。んで、それをなんとも思わない奴は伸びないし、ちゃんとそれを気をつけようって思う奴が伸びるんだ」
書類が持ち上がり、座ったままの岩波がこちらを覗き込むように見た。その整った顔が真っ直ぐこちらを見ていると思うと麻衣は少し恥ずかしくなり、視線を逸らしたくなる。
実はこの岩波という先輩は、この部署で一番のイケメンと言われている男なのだ。
自分の指導係が岩波だと決まった時は同期にうらやましがられたものだったが、こちらとしてはそんなイケメン×仕事の出来る先輩に、自分の無様な姿をさらしたくない気持ちの方が上回る。
まぁ、もうこれだけ仕事の出来ない自分の姿を見せているのだ。これ以上失うものは何もないと開き直っているけれど。
「若草は伸びる奴だと俺は思うぞ」
「・・・・・・ありがとうございます」
「嬉しそうじゃねー。マジ疲れてるだろお前」
岩波は書類を改めて渡しながら「今日は早めに上がれ」と言う。
「今日は給料日で明日は休みだろ? どっか行ってリフレッシュして来い」
「リフレッシュ、ですかぁ?」
「おう」
それを受け取りながら言うと、岩波は「それも」と自分の顔を指さした。
「多少スッキリしたらニキビも治るだろ」
「これはほっといてください」
ムッとして書類で顔を隠す。
まだ学生の頃はそんなニキビなんて出来る体質ではなかったのに、働き始めてからニキビが出来はじめてしまったのだ。
疲れから来ているのか、それとも仕事を始めたにあたって化粧を濃くしたからか、理由は分からないけれどこれも麻衣にとってはストレスの一つである。
「頑張るのもいいけど、子供が背伸びし続けるのは疲れるだけだぞ」
「子供扱いしないでくださいー」
書類を半分だけ下げ、睨む目だけを見せれば「まだまだ子供だな」と首を振る岩波に、麻衣は「どうせ」と唇を尖らせる。
仕事もろくに出来ない、社会人になりきれないまだ一ヶ月、されど一ヶ月の不安定なガキですよ。
心の中に広がる黒い言葉に、麻衣は内心溜息をついて「チェック、ありがとうございました。直してきます」と頭を下げる。
そしてそのままデスクに戻ろうとすると、「若草!」と岩波が声を掛けた。
「少しは肩の力、抜けって!」
「・・・・・・・・・・・・」
それが出来たら苦労しない!
そう返したかったけれど、麻衣は小さく「はーい」とだけ返し、肩を落としながらまた大きな溜息をついた。
「――んで、リフレッシュしに来たわけだけども」
麻衣は大学生の頃に着ていた服よりもラフな服装でショッピングモールに足を運んだ。
化粧も一応しているけれど、もう仕事じゃないんだから、と適当なものになってしまった。
疲れるとお洒落をする気力もないんだなぁと改めて思いながら、ひとりショッピングモールを歩いて行く。
初のお給料。
心が躍らないと言えば嘘になる。
両親に何か買って、自分にも何かご褒美を買ってやりたい。そう思うも、自分へのご褒美に何を買えばいいのか。
(前なら欲しいもの沢山あったのになぁ)
服や靴、ファッション誌でもいいし、ネイルでもいい。
だが今はもうそれらが欲しいと思えない、というよりも気力がなかった。
「むしろ、栄養ドリンクとかの方がいいかもしれない・・・・・・」
周りにいる人々に追い抜かされながら歩いていると、ふと化粧品売り場が目に入る。
(あぁ、そっか)
大学生の頃から化粧を始めたけれど、それは安くてどこにでも並んでいるようなものばかりで、まだ少ないお小遣いでは、それが精一杯だったし、それでもそれが当時は宝物だった。
けれど社会人となった今、こういうショッピングモールで一店舗一店舗として売られている化粧品も給料で買うことが出来るのだ。
(いやでもなぁ、お化粧もなぁ)
今となっては仕事の為だけの化粧だ。それをご褒美にするのもどうだろう。
もう本当に薬局でドリンク剤でも買おうかと思ったが。
「もしよかったら試してみませんか?」
「・・・・・・え?」
自分に話し掛けられたとは思わず、反応するまでに時間が掛かった。
目の前には髪を上げた綺麗な女性の方がいて、その姿を見るに、そこの化粧品売り場の人だと分かる。けれどなぜいま自分は話し掛けられたのだろうと思えば、どうやら無意識にこの売り場で足が止まっていたらしい。
「こちら、いま丁度人気の洗顔でして」
「あ、いえ、でも」
目の前にあったのはピンク色の容器。
だが今まで使っていた若者向けの色ではなく、どこか上品なピンク色だった。
「お肌のチェックも無料で行えますのでもしよかったら」
優しい笑みと声。こういう売り場は何度も通ったことがあるけれど、子供だった自分にはまだ遠い世界だと思っていたのに、こうやって話し掛けられるようになるなんて。
どこか嬉しさとくすぐったさ、そしてどうしようかと緊張する気持ちもあったが、目の前にあるその上品な色合いや形に惹かれ、怖々と「えと、じゃあ、お願い、します」と麻衣は頷いた。
案内された先には白い長テーブルと、イス。
女性の店員はそれの内側に座り、「どうぞ」と促してくれた。
緊張した面持ちだったのだろう。先ほどと変らない優しい声掛けで、他愛のない話しをしながらコットンや先ほどの洗顔、そして小さな機械を準備していく。
そいえばこうやって何気ない会話をするのも久しぶりだ。
気力もなく、まるでゾンビのように歩いていた筈なのに、いつの間にか楽しげに笑う自分がいた。
「では、まず肌の状態をチェックいたしますね」
「は、はいっ」
頬の辺りを化粧落としのオイルをつけたコットンで軽く触れられる。
その時、ふわりとかすかに良い匂いがし、麻衣は数回まばたきをした。
(もしかして、化粧落としの匂いかな)
普段麻衣が使っている化粧落としは無臭で、無臭以外のそれがあるのかどうかも知らない。もしかしたら、店員の良い香りがしただけなのかもしれないと、麻衣は黙ったまま肌の計測を待った。
――――結果、ハリはいいものの、皮脂が多いとの結果だった。
「肌で何か悩んでいることとかありますか?」
「えっと、そうですね・・・・・・最近、ニキビが出来ちゃうんです」
そう言うと、店員は「額や顎の辺りに確かに出来ちゃっていますね」と苦笑するも、すぐに「お化粧する際に気になりますよね」と、こちらの思いを汲んでくれる。
「そうなんですよ。会社の先輩にもニキビのこと言われちゃって・・・・・・学生の頃は出来てなかったんですけどねぇ」
「大人ニキビとかもありますし・・・・・・もしかして、最近お化粧用品を変えたり、何か肌に合わないことをされたりしましたか?」
「んーと、そうですねぇ・・・・・・」
聞かれたことに思い当たる節はないけれど、肌に合わないことと似たようなことは――。
「仕事始めてから、お化粧が濃くなったかも」
「それが原因のひとつでもあるかもしれません」
麻衣の言葉に、店員はひとつひとつ丁寧に説明してくれた。
化粧が濃くなると、化粧落としも以前よりもちゃんとしなければいけないこと。
それに加えて疲れが溜まるとなると、そういう手間が面倒だったりしてニキビや肌荒れに繋がり、また疲れだけでもそれらの要因になると。
「若草様が今までお使いになられてた化粧落としでも大丈夫ので、今までよりも丁寧に落としていただけたらと思います」
「そんなこともあるんですね・・・・・・」
「疲れると化粧をしたまま寝落ちとかもありますし」
「そうなんですよ!!」
まさにそれ! ということを言い当てられ、麻衣は笑ってしまう。
「でもそっかぁ。それらが原因だったんですね。いきなりニキビとかどうしてかなぁって思っていたんです」
「いきなり出来てしまうと驚きますし、顔だと目立って嫌ですよね」
そこでもまた店員はアドバイスをくれる。
「化粧をしっかりされるのは良いことだと思いますが、出来るだけ肌を傷めないよう気をつけてください。その後の保湿などでもカバー出来ますので」
「それは化粧水とかでパックをするってことですか?」
「いえ、今はパックをせずとも化粧水と乳液だけでもしっかりカバー出来るんです」
言いながら再び用意されたのはまだ使われていない洗顔と同じ色の二瓶――化粧水と乳液だった。
「もしよかったら手の甲にでもつけてみませんか?」
「いいんですか?」
「はい」
「そしたら、是非」
そう頷くと、店員はまたコットンを取り、化粧水を染みこませる。そのときにまたいい匂いがし、「あの!」と我慢出来ずに麻衣は訊ねた。
「先ほどから、いい匂いがするんですけれどっ」
「あ、こちらですか?」
そっとコットンを差し出される。
それに鼻を近づけて嗅ぐと、すごく先ほどの化粧落としと同じ匂いがし、無意識に満面の笑みが広がった。
「わぁ! すっごくいい匂い!」
「あの、宜しければ洗顔から試してみませんか? こちらと同じ匂いで泡立ちもすごくいいんですよ」
店員は自分も使っているのだと説明してくれる。またそれに麻衣は「是非!」と元気よく頷けばニッコリと微笑んで、それらの準備をしてくれた。
そこからはもう、麻衣からしたら天国のようだった。
洗顔の泡立ちの良さ。匂いの良さは勿論のこと、泡までも気持ちよくて最高だった。
その後につけた化粧水や乳液も、今まで麻衣が使っていたものとは全然違い、まさに『現在、保湿中です』という感覚で、これぞ大人の世界という気持ちでいっぱいだ。
だが現実はそんなに甘くはない。
「あの、出来れば、全部欲しいんですけども・・・・・・」
良いものにはそれなりの値段がする。
いくら給料をもらえたからと言って、全部が全部買えるわけではないのだ。
麻衣は自分のご褒美として、買うものをこれらのどれかにしようと決めるも、どれが一番いいかが迷う。
「あの、どれが一番必要だと思いますか?」
「そうですね・・・・・・」
店員まで一緒に悩ませれば、女性は「化粧落としが本当は一番いいと思いますが」と言い、続けた。
「肌の汚れを取ってくれるものが本当はいいのですが、仕事が終わってさっぱりとした気持ちになれるのは洗顔ですよね」
私も一息つくきっかけは洗顔です、と笑う。
それに麻衣も「たしかに」と同意し、「じゃあすみません、洗顔をひとつお願いします」と頭を下げた。
立派で小さな紙袋に洗顔ひとつ。
「ありがとうございました」
そう笑顔で見送ってくれた店員にお礼を言い、歩き出す足は生まれ変わったように軽かった。
両親の分の買い物もし、家に帰ってさっそく開けた洗顔。
教えてもらったように泡立ててみれば、本当に生クリームのように自分の手の中で泡立ち、頬や額、鼻頭にそれを乗せて広げていく。
モチモチとした気持ちいい泡に包まれ、お湯で洗い流せば、もうすでに保湿しているかのような感覚だ。
「やばい、これ本当に気持ちいい!」
麻衣は顔を拭きながら鏡を覗き込む。
今まで疲れた顔ばかりだった自分がやっと笑顔になっていて、「お前も成敗してやるからな!」と向き合ったニキビにも敵対心を持てるようになった。
「次の給料は、化粧水と乳液をご褒美にしよーっと!」
そして次に頑張る前向きな気持ちも手に入れ――――
「若草」
「はい」
声を掛けられ振り返る。その手には朝礼後に渡した書類だ。
見た感じ赤ペンの気配はなく、麻衣は瞬きをしてから岩波を見ると、彼はニッと笑みを見せて親指を立てた。
「バッチリだ」
「本当ですか!」
驚きに前のめりになりながらそれを受け取れば、本当にどこにも赤ペンが入っていない。
書類に修正がないのは当たり前だと言われたらそれまでだけれど、これだけでもまずは第一歩だ。
素直に喜び、「ありがとうございます! 岩波さん!」と頭を下げれば、岩波は「ちょいちょい」と親指で廊下の方を指し、一緒にオフィスから出て行く。
パタンとドアが一枚閉じるだけで、あの騒音が消える。
誰もいない廊下は静かで、給湯室の方へ向かいながら麻衣は首を傾げた。
「どうかされました?」
今のミスの無い書類からの説教はないだろう。
一体なにがあったのかと思うと、ふいに岩波は立ち止まり振り返った。
「お前さ、なんかスッキリしたよな」
「え?」
「なんか綺麗になった」
「ええっ!」
先ほどの書類の件よりも驚いて一歩下がれば、岩波は頭を掻きながら「いやええっと」と視線を泳がせながら言う。
「仕事も大分慣れてきたのかなって」
「あぁ、それもありますね」
なんだそういうことか、と胸をなで下ろし麻衣は笑いながら言った。
「でも、岩波さんのおかげなんですよ」
「俺の?」
「はい。初給料日のとき、リフレッシュしてこいって言ってくれて」
そこで洗顔に出会ったことを軽く話す。
「そしたらすごいんですよ! 泡立ちとか香りとか! それでもう仕事に帰った後はそれが私のご褒美になって、それから今度はあれを買ってやる、これを買ってやるってやる気になるんです!」
「そ、そうなのか」
熱が込められた言葉に圧倒されたのか、岩波はどこか苦笑ぎみに頷く。
そのときに小さく「彼氏が出来たわけじゃないんだな」と呟かれたのを麻衣は知らない。
「あーあ、頑張ってる若草に焼き鳥の一本でもご褒美に奢ってやろうと思ったんだけど、もう自分でご褒美見つけてるなら別にいらないかぁ」
「えっ! いや、そんなことは!」
特に意味も考えずに反射的に返すが、ちらりとこちらを覗き込むように見つめられ、そこで「ん?」と瞬きをする。
そこでやっと食事に誘われたのだと理解するも、それをどう解釈していいのか分からず、固まったまま瞬きを繰り返す。
「えっと、えっと?」
「うーそ。これはお前を成長させた俺へのご褒美」
岩波は麻衣の頭をくしゃくしゃっと撫で、言う。
「今度、俺とご飯行こ?」
無理にとは言わないけど、と続けるが、そんな言葉は耳に届かない。
麻衣は顔を真っ赤にし、「う、えと・・・・・・はい」と頷いた。
「よかったら、ご一緒、させてください」
「これは俺からのお誘いなんだから、胸張って「いいですよ」って言っとけ」
「う、でも・・・・・・」
「そういうところはまだお子ちゃまなんだな」
べっ、と舌を出し、また先へと歩いて行ってしまう岩波に麻衣は顔を赤くしたまま「ちょっと!」と両手を軽く振る。
「もうニキビはありませんーっ!」
「はいはい」
スタスタと歩きながら軽くいなされるも、その耳が自分の頬と同じように赤いことに気がつき、小さく笑ってしまう。
そしてスキップするように走り、追いついてから麻衣は言った。
「私、フレンチがいいなぁ」
「急に調子乗るなよひよっこが」
「あはは!」
別に、社会人として働くのは楽だろうなんて思ったことはない。
将来はビジネスウーマン! とか夢見ているけれど、もしかしたら案外努力の先に見つかるかもしれない。
就職するにあたって染めた黒い髪の毛も慣れきて、これから少しずつ気の抜き方を覚えていくのだろう。
――――そんなことを思いながら、仕事も恋も頑張るのが私、若草麻衣だった。
*完*
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