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白兵衛の暖簾をくぐると、中はそこそこ賑わっている。
カウンターをちらりと見た後、テーブル席にも目を向ける。
春斗らしい人物は見当たらない。店を言い間違えたのだろうか?
電話しようかと携帯を探していると、カウンターから声が聞こえた。
「ここ、ここにいるじゃん。よく見てよお」
「え」
カウンターに座っている男が手を振ってきた。椅子から降りて私の荷物を受け取ると、自分の隣の席の荷物置きに仕舞った。訳が分からないまま席に案内され、生ビールとお通しを渡され、勝手に乾杯された。
ここまでされてやっと思考が働きだした。
「いやいや、誰?!」
「やだぁ、仲良かったのに忘れちゃったの。堂島春斗でーす」
「違う、私の知っている春斗は全然違う!」
だって隣の男をマジマジ見ても、面影がない。
あんたぽっちゃりしてたよね?って確認したくなるくらい腰細くてスタイル良いし、
髪も流行りっぽい、なんか美容師とかがしてるような髪型だし。
香水なのか分かんないけどすっごく良い匂いが身体からしてるし…
眉毛もカットしてるのか凄く整っている。
なんなら肌もキメ細やかで羨まし…って違う、それより気になるのは。
「そんなに見つめられると照れちゃうわよー♪」
「その口調、そのメイク!」
「うん?」
「春斗…あんたオネェになったの?!」
ナチュラルメイクよりスッピンに近い私より、ずっと綺麗に化粧をしている。
チークもリップカラーも私より余程女子力が高い。
春斗らしい?その人は溜息を吐いて見せると、やれやれと言った。
本気で呆れてるっぽい顔が若干腹立つ。あ、この顔は見覚えあったわ。
間違いなく堂島春斗だ。
「オネェって括りはどうかと思うけど。自分に似合うお洒落を追及した結果よ。…それにしてもあかりちゃんが変わってなくて安心したわー。お店入ってきて一発であかりちゃんだって分かったもの」
春斗の言葉に折角忘れていた宮田君の事を思い出す。
あ、泣けてきた。
「ちょ、どうしたのあかりちゃん?!」
「ぐす…春斗、今夜は帰さないからね…」
「え…」
「私が推しに好かれるように、美容を教えて!」
春斗の胸元を掴んでぐらぐら揺らしながら、私は一気にビールを喉に流し込んだ。何よ春斗ももうグラス空いてるじゃない。
「店長、ビール二つおかわり!!」
はいよっと気持ちの良い返事を聞きながら、春斗の綺麗な化粧顔を酒の肴にして…私は会社の推しの話を春斗にした。夜はまだまだ長い。
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