たった二人の同窓会

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 私たちはいつの間にか、私の実家がある喜多町に来ていた。何故ここまで来るのか疑問に思ったが、ふと思い出した。確か……“山田くん”の家は喜多町のはずれにあった筈。  想像した通り、鈴原さんは一軒の一軒家の前に着くと、小さな黒い門扉を開けた。しばらく開閉していなかったのか、その動きは酷くぎこちなく錆びついた音がした。  彼はキーケースを取り出し、鍵を開けるとスマホの懐中電灯で足元を照らし 「ごめんね、今空屋状態だから電気も通してなくて」と言って私の手を取り、玄関口から、きっと奥にリビングでもあるのだろう、そこに続く廊下を目配せ。その動作はまるでお姫様をエスコートする王子様のようだ。  だが生憎だがそんなロマンチックなことを思っている余裕はない。  靴を脱ぎ、中に入ると、しばらく空屋だと言った通りそこは埃やカビの臭いが立ち込めていて、ムっと鼻を刺激した。  軽く咳き込むと「リビングはもう少しまともだから」と鈴原さんは苦笑。  言われた通りリビングに通され、確かに入ったばかりの埃とカビ臭が少し和らいだ気がした。けれど、あくまで気がしただけで、何だか良く分からない漂白剤のような強い刺激臭が鼻を刺激した。彼はこの臭いは部屋をクリーニングするために使用した薬剤だ、と言った。  そして慣れた手つきであらかじめ用意してあったのだろう、太いキャンドルの数本にライターで炎を灯す。真っ暗闇だった視界が少しだけ明るくなった。オレンジ色の優しい光がゆらゆら揺れていて鈴原さんの姿が浮かび上がる。  彼がソファに掛かった埃避けの白い布を取り去ると、革張りのソファが現れ、私を座るように促した。言われた通りそこに腰掛ける。 「さっきも言ったけど電気通してないんだ。もちろんガスも。だから君が好きなコーヒーを御馳走できないんだけど、代わりと言っちゃなんだけど、これ用意しておいたんだ」  トンと音を立ててローテーブルに置かれたのは、赤ワインのボトルだった。グラスも二つ用意されている。キャンドルの炎の中浮かび上がったそのボトルのラベルには19XX年と書かれていて、私の生まれ年だと言うことにすぐ気づいた。それは陽菜紀に贈った、と言うものと同じものだった。 「女の人って好きでしょ?こうゆうロマンチックなこと」とまるで少年のようにワクワクと聞かれ私はぎこちなく頷いた。  確かに好きなシチュエーションだ。キャンドルの炎に照らしだされる生まれ年のワイン。高校生のとき、そして少し前……思い描いていた理想のシチュエーション。  けれどこれは全部幻想に過ぎないのだ。
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