星降る夜に

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星降る夜に

真夏の夜中のこと。山の頂上を目指し、二人の男女の姿がそこにあった。 「ねぇ、待ってよ。和樹! ねぇってば」 「水葉、何やっているんだよ。早く来いよ。置いていくぞ」  和樹と呼ばれた少年は目の前の少女、水葉に見向きもせずに先へ進んでいく。女の配慮がない男は嫌われると言われるが、この二人は同い年の幼馴染。簡単に嫌いになれる関係ではない。  和樹としては目的地に急ぐ気持ちが大きく、水葉は渋々連れてこられたと言った感じだ。実はこの二人、家には内緒で抜け出している為、早いところ用事を済ませて家に戻りたいという気持ちがあった。その為、オチオチ休んでいられないのも理由の一つ。  体力がない水葉にとって登り坂は大きな負担で汗が噴き出していた。それでも和樹の背中を目印に懸命に食らいついた。こんな暗い中、一人にされたらそれこそ危険だ。  そもそも何故、こんな夜遅くに山を登る羽目になったのか水樹は知らない。  和樹の強引な誘いで渋々付いてきたに過ぎない。 「良いものを見せてやる」と一点張りで中身は一切教えてくれなかった。  帰りたい。水樹は疲労の中、そのことしか考えられなかった。 「ねぇ、帰ろうよ」  ついに感情が表に出て言葉として吐き出された。 「もう少しで着くから頑張れよ」 「もう少しって後、何分? さっきも同じこと言ってもう三十分くらい経った気がするんですけど」 「だからもう少しだって」  和樹の発言にふて腐れながらも水樹は歩き続けた。  夜とは言え、真夏。暑さと疲れで水樹の意識は盲ろうとしていた。 「お、水樹。こっちだ。着いたぞ」  和樹は手を振り、水樹を呼んだ。ようやくゴールが見えたことで水樹の足は疲れが嘘のように駆け足になった。  水樹の視線の先には広大な夜空の景色が一面に広がっていた。田舎町であることから夜景が綺麗に広がり、星が綺麗に輝いていた。 「凄い。綺麗。もしかして良いものってこれ?」 「まぁな」  照れ臭そうに和樹は鼻を擦った。  夢中に夜景を眺める水樹に和樹は言う。 「知っているか。星に願いを言うと十年後に叶うんだって」 「十年後? 何で十年後なの?」 「さぁ。村の言い伝えだよ。実際に母ちゃんも叶ったって言っているし」 「そうなんだ。どんな願いだったの?」 「教えてくれなかった。でも叶ったって言っていたよ」 「十年後か。と、なれば十年後、私は十八歳か」 「どうせ、今願っても忘れているよ」 「じゃ、忘れないようなお願いにすればいいじゃない」 「忘れないお願い?」 「私、有名になりたい。この小さな村で一生を終えるなんて耐えられない。村を出て誰もが私を知っているような存在になりたい」 「有名ね」  和樹はザックリとした回答に面白みがなさそうに返事をした。 「お星様! 私を有名人にして下さい。お願いします」  水葉は両手を合わせて祈るように願った。  じっくりと念じるように一分ほど願っただろうか。 「私のお願い届いたかな?」 「さぁ、それは十年後になるまで分からないんじゃね?」 「和樹はお願いしないの?」 「俺はいいよ。どうせ信じていないし」 「だったら願いなよ。叶ったら儲けじゃん」 「うーん。分かったよ」  渋々、和樹は星に願った。 「ねぇ、なんて願ったの?」  興味深そうに水樹は目を輝かせながら問う。それに対し、和樹は「内緒」と一点張りである。 「ねぇ、教えてよ。私は言ったじゃん」 「それはお前が勝手に言ったんだろ」 「気になるじゃん」 「十年後に叶ったら教えてやるよ」 「十年間も教えてくれないの?」 「そうなるな」  結局、和樹は自分の願いを言うことはなかった。  そんな願いは何かと言う言い争いをしていた時だった。 「なぁ、星の距離近くなったような気がしないか?」 「星の距離?」  二人は夜空を見上げた。すると一つの星の距離が徐々に近づいてくるのが分かる。 「流れ星?」 「いや、あれは……」  何かが二人に迫る。その正体は隕石である。距離が迫るに連れて徐々にその大きさがハッキリしてくる。 「願い事が大き過ぎて星が怒ったのかな?」 「そんなこと言っている場合じゃねぇ。離れるぞ。水葉!」  二人は隕石から逃れる為、走り出した。  ドカーンと爆風が周囲に巻き起こり、和樹と水葉は近くの木にしがみ付いた。  隕石が落ちたと思われる周辺は大きな穴が空き、焦げたような跡があった。 「何?」  騒動が収まった後、二人は大きな穴に近づいた。  穴の先にはキラキラと光る鉱石が散乱していたのだ。 「本当に星が落ちてきたのかな?」 「さぁ」  膠着する中、和樹が動いた。 「帰ろう。ここであったことは何も見なかった。いいな?」 「え、うん」  和樹は来た道を引き返すように歩き出した。  しかし、水葉はどうしても隕石が気になるらしく足が動かない。 「水葉、早くいくぞ」 「うん。分かった」  水樹は最後に穴の中を覗いた。和樹に内緒で水葉はキラキラ光る鉱石を一掴みして帰っていく。  幼少期に起きた不可解な体験。星降る夜に。  次第に二人の記憶から忘れつつ、十年の時が経過した。  十年後。水葉は十八歳になっていた。  新幹線の窓際の席に景色を見ながら水葉はぼんやりしていた。 「ついにこの村ともお別れか」  高校卒業を機に水葉は東京に上京する為、地元を離れた。  有名になりたいという夢をずっと持ち続けた水葉は漫画家という道を歩もうとしていた。  中学生から出版社に応募を続け、三年の努力が実りついに週刊連載という夢が実現した。夢への第一歩。それが水葉の命運を分けることになる。  水葉の片手にはお守りが握り締められていた。そのお守りの中身は当時、こっそり持ち帰った光る鉱石が入っている。光ったのは落ちた当初だけであり、その後、光ることはなかった。それでも水葉は大事に持ち続けた。 「そういえば、あの時の和樹の願いってなんだったんだろう」  現在も和樹の願いは知らない。荷物を整理していた時、あるものが床に落ちた。  紙切れだ。身に覚えのない手紙に水葉は紙を広げる。 『立派な漫画家になれよ。和樹』  その力強い字に水樹は嬉しくなった。 「和樹」  その下の方に小さく何かが書かれている。 『俺の願いはお前の願いが叶うこと』  最後の最後に和樹の願いを水葉は知った。 「ふっ、あのバカ」  嬉しながら水樹は笑った。直接言わず、このような形で伝えるのは和樹らしいことである。 「夢、叶えるか」  水葉の決意は固まる。絶対にやり遂げる。そんな思いで上京したのだ。
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