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これだけたくさんの人に紛れれば僕なんて誰も見てない、そう言い聞かせて体育館へ足を運んだ。クラス分けは幸い小虎ちゃんと同じクラスで少し安心した。ただ情けない姿をたくさん見せて嫌われないといいけど。
いよいよ式が始まって校長先生の挨拶とかが終わって、「生徒会長挨拶、立花海都」と進行役の人が言った時、会場がどよめきだした。
「立花カイト?」
隣に座った小虎ちゃんが僕にぼそっと呟いたので僕は思わず俯いてしまった。壇上の兄の声が会場に響いて顔を上げるとあちこちからため息なんかが聞こえて僕は居心地悪くなった。
壇上の兄は完璧な爽やかな笑顔で、落ち着いた聞き取りやすい速さで祝辞を述べた。まさか血が繋がってるとは思えない程立派な兄に、僕はただ見とれた。
僕にはあんなに輝いたものは微塵もない。サラサラの髪も綺麗で涼しげな二重の目も、すっと通った鼻筋も。背も高くて程よく筋肉がついていて。誰も僕と兄が並んで兄弟だとは思わないだろう。
兄の話が終わって、次に呼ばれた名前を聞いて僕の体が硬直した。
「寮長、千家要」
ぎゅっと握った手はじんわりと汗をかいて、恐る恐る上げた視線が彼を捕らえた。
相変わらずの、切れ長の目、自信に満ちた表情にしゃべり方、物腰、すべてが僕の視線を捕らえて離さない。体中が熱を帯びたみたいな感覚になる。
僕は、兄の幼なじみで僕も昔から知っている要ちゃんがとても恐い。
昔は仲がよかった。いつから仲が悪くなった、という訳でもないけど、こんな性格の僕に要ちゃんはだんだん苛々するようになったんだと思う。中等部でも人気のあった要ちゃんに僕から話しかける勇気なんてなかった。要ちゃんが近くにいると恐くて心臓のドキドキがひどくなる。でも僕は小さい頃仲がよかった要ちゃんが好きなんだ。なんでもできて、いつでも自信に満ちた彼は僕の憧れにならないわけがなかった。
中等部の頃、一度要ちゃんから僕に話しかけたことがあって、その後僕は周りからひどく注意を受けた。それから僕は、僕みたいな人間が要ちゃんのような人と話すなんて、周りに申し訳なく、要ちゃんにまで迷惑をかけただろうと思い要ちゃんのそばには近寄らないように意識した。
「もしかして生徒会長ってケイトのお兄さん?」
寮に戻ると、小虎ちゃんが僕に聞いた。
「うん…似てないけど…」
「そっかー。すごいねー。かっこいいね。お兄さん。それに生徒会長ってすごく人気あるらしいし」
兄のことを誉められるのは嬉しいけど、同時に自分の情けなさが身にしみていたたまれなくなる。
「仲良くないの?」
「ううん、お兄ちゃんは優しいよ…」
ただ、僕が卑屈だから距離をおいちゃうんだ。
「ケイト、今日のお昼は食堂でサンドイッチとか買って、外で食べようよ」
「外?」
「うん、食堂は人がいっぱいだけど、部屋ばっかり籠もるより外出てみれば少しずつ慣れるんじゃないかなって思って」
「こ、小虎ちゃん……ほんとに優しいね。ありがとう」
「やだな、照れるから。じゃ、行こうか」
「うん」
小虎ちゃんは僕の手を握ってくれて食堂まで一緒にランチを買いに連れて行ってくれた。それから二人で中庭に出て木陰でサンドイッチを食べた。誰かと食べるのがこんなにおいしいものだなんて、久しぶりに知った。いつも味気ない食事を少ししか食べれないのに、少し多く食べることができた。
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