重なった想い

ランチデート

時刻は18時半。

「お疲れ様です。お先に失礼します。皆さんも早めに仕事切り上げて、ゆっくり休んで、また明日元気に出勤してくださいね。」

社内にはまだ数名残っているが、私はそう言って会社を後にした。

私は役職を会社から貰ってから、ひとつ意識してることがある。それは出来る限り残業しないことだ。

これは賛否両論あるのかもしれない。
ただ、私が昔、松下くんのようにバリバリ営業をしていた頃に、当時の部長は常に忙しそうに残っていた。

その人はとても良い上司だったと思う。
みんなに気をかけていて、一人一人の営業状況などしっかり把握して管理もしていた。そして難しい局面などには声をかけてくれてサポートしてくれたり、大きい案件には同伴出勤を快諾してくれていた。

部下に対する姿勢は私もだいぶ見習って、そうなりたいと実践している。しかし、部長職になって部下の時には見えなかった様々な仕事がある。
そしてそれは、部長である自分自身にしか出来ない仕事でもある。

部下への手厚い配慮と、部長としての仕事を上手に両立するには、とてもじゃないけど定時で上がるのは難しいと思う。だから彼は、常に残業をし、21時近くまで毎日仕事をしていたように思う。その時間までが仕事の時間だと見通していたかのように。

それも一つの働き方なのかもしれない。
ただ個人的にはいつも忙しそうな上司が気になって、何かあれば手伝いますと声をかけた事もあった。月末に近づくにつれて、定時に上がれそうな時にでも、ダラダラと19時頃まで仕事を続けてから退勤したりすることもあった。

私は部下に自分のことを気にしてもらう事はして欲しくない。私が残っているから上がりにくい、なんて思って欲しくない。

そして私が残業しないことで、みんなも残業が当たり前と感じて欲しくないのだ。

部下より先に帰る私をどう思ってるか気になるところはある。勿論、全員が平等の仕事量だという認識ではいるが、たまに見積もりの提出や先方で行う試食会の準備などが重なり忙しく残っている部下がいれば一緒にサポートして残ることもある。

未だに私は自信がなかなか持てない。
一緒に会社を支える立場になっている同期とは、たまに話したりするが、私以外所帯を持っている。働くことで家族を支える、というのは私にはない責任感やプレッシャーなどがあるんだと思う。

ふぅ…。
考えても答えが出ないことなんだけど、ふと気づいたら考えてしまうものだ。元々そういう性格なんだ、仕方ない、と割り切っているものの良くないな、と一人ため息がでる。

「ただいま、小次郎。ご飯にするよ。」

いつも私が帰るとおかえりというようにしっぽを左右に振る。ただお気に入りの座布団から動かず、顔もこちらには向かない。いつも通りだ、それに安心する。

小次郎は大きなあくびをしたあと、
用意しはじめたご飯の匂いに反応し、そろそろと足元へやってくる。可愛い。お皿を床に置いたら、静かに食べ始めるのだ。食べてる時に頭を少し撫でてあげる。あまり撫ですぎると、嫌がられるので少しだけ。

その間夕飯の支度をする。
今日はご飯と野菜炒めと味噌汁。男の一人暮らしの食事なんて、冷蔵庫にあるものでささっと作る、そんなもんだ。名前のあるような料理なんて毎日作ってたらやる気がなくなってしまう。

ご飯も１度に炊いたら、冷凍している。
味噌汁と野菜炒めが出来そうなタイミングで電子レンジにご飯を入れる。

テーブルにできた料理を並べてようやく一息。
食べる頃には小次郎は横で顔を舐めて洗ってる。完食しているところを見て安心し、私も食べ始める。

食べながら、今日のお昼を思い出した。
イタリアン、久しぶりに食べたけど本当に美味しかったな。リゾットというものは作ったことが無いけど、簡単に作れるのだろうか。私が作ったら雑炊になってしまいそうだな、と思って作ることを考えることはやめた。

あ、そうだ、松下くん。
今日は彼直帰だったな。もう家に着いただろうか。
今週末に誘ってみようかな、夕飯。

「小次郎、今週末ご飯食べて帰ってきても良いかい？」

小次郎はちらっとこっちを向いたが、またそっぽを向いてしまった。尻尾は横にゆっくりふっている。

「これは、良いよってことかな。小次郎ありがとう。ご飯はカリカリを用意しておくから、お腹空いたら食べておくれ。土曜日はお詫びを兼ねて、小次郎の好きな魚の缶詰を用意しておくからね。」

小次郎は滅多に鳴かないのだが、それも小次郎らしくて好ましい。うちの子にする時、動物病院へ連れて行ったが小次郎は成猫で4歳くらいだということだった。逞しく外の世界で生きてきた小次郎、きっと甘えること出来ず、自分を守りながら戦って生きてきたのだ。足には少し怪我をした後なども見つかった。

両親を亡くし去年小次郎がやってきた。
あくまで推測だけれども5歳であれば、小次郎は人間でいうと40歳手前くらいだ。

中年同士、良い関係が作れてると思っている。