恋するアンドロイド

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愛したい、愛されたい、恋人がほしい、結婚したい、愛する人との子供を生みたい。 「人」が当たり前に持つ願望であり、本能だ。 生まれつき、私は「それ」を持っていなかった。 何故人は人を好きになれるのか。 私がそれに疑問を持つようになったのは、ずっと昔付き合った恋人に言われた言葉だった。 「君って、感情のないロボットみたいだね」 そう言って彼は私の元を去っていった。 家族も、友人も、そんな私を気味悪がって私から離れていった。 それを悲しい、と思う感情すら私には欠けていた。 それ以来、私は病院に通っている。 このままでは仕事や生活に支障をきたす気がしたから。 私はきっと人として「欠陥品」なのだ。 人が生まれながらに持っている感情が私には備わっていない。 当然、人に愛されるはずがない。 愛することもできない。 当たり前のことなのに、その当たり前のことができない。 皆が泣いているのに私だけ涙が出ない。 皆が笑っているのに何が楽しいのか理解できない。 他人の気持ちが理解できないし、感情を共有することが出来ない。 そんな自分が嫌だった。 都内の大きな病院の一室。 いくつかの簡単な質問とテストを受けた後、担当医師がこう言った。 「リハビリをしましょう」 そう言って紹介されたのは、メンタルケア専用のヒューマノイドだった。 「はじめまして」 彼の名前は蒼(アオイ)という。 年齢は二十代半ばくらいで、人形のように精巧できれいな顔立ちをしていた。 「はじめまして」 彼と握手を交わす。 その手は人間の皮膚と変わらないくらい分厚くて温かかった。 メンタルケア用のヒューマノイドが実在しているという噂は聞いていたが、リアルな人間と間違うほどここまで技術が発達しているとは思いもしなかった。 しかし次の瞬間、先生の言葉に私は耳を疑った。 「今日から彼と3ヶ月間、同居してもらいます」 「えっ?」 それから私は病院から歩いて5分くらいのリハビリ用施設へと案内された。 施設といってもそこは普通に一般人が住んでいそうなマンションだった。 まさかリハビリ用の部屋まで用意されていることは知らず、内心戸惑っていた。 「ちゃんと監視カメラもついているから、安心して」 安心して、とは言われても正直どう安心していいのかわからない。 彼と二人きりでどう過ごせばいいのか。 リハビリとは一体何をすればいいのか。 いつのまにか部屋に送られていた私物のダンボールと不安で埋め尽くされている。 「さっきも先生から説明があったけど、君はいつもどおりここで生活をすればいいんだ」 「いつも…どおりに…」 同居の2文字にショックを受けほとんど説明を聞いていなかったが、それならなんとかなりそうだとホッと胸をなでおろす。 「そう。期限は三ヶ月。効果がなければリハビリ料金は返金する契約だから」 チャリ、と蒼から渡されたのはこの部屋の合鍵だった。 「三ヶ月以内に君に恋愛感情が芽生えれば、その時点でリハビリは終了する」 「え」 今度は「驚愕」という文字で脳内を埋め尽くされた。 判定は一週間おきに行われる定期検診。問診と脳波で彼に恋愛感情を抱いたかどうかがわかるそうだ。 「改めて、これからよろしくね」 優しい笑みを浮かべてソファに座る私に手を伸ばす蒼。 赤の他人と、しかもヒューマノイドに恋愛感情なんて本当に湧くのだろうか。 それよりも、いきなり知らない人と同居なんてうまくやっていけるのだろうか。 不安だらけだけれど、彼とならうまくやっていけそうだと思ったから。 「こちらこそ、宜しくお願いします」 「うん」 そうして二人のリハビリ生活がスタートした。
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