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1.
原田奈湖は、肩から掛けた重いカメラバッグを下に降ろし、大きく息を吐いた。
白い息がふわりと舞うのを見て、奈湖は微笑む。
冬の空気は澄んでいて、清々しい。
奈湖の仕事はフリーアーティストだ。
大学を卒業してから、就職したのは出版社。
本を読むことが好きだったから。
少しずつ仕事に慣れた、そんな頃、奈湖は一人の男性に出会った。
同僚だった彼は、仕事の上でもプライベートでも奈湖に色んな事を教えてくれた。
けれど、
彼には妻子がいた。
それでもいいと思っていたけれど、彼と彼の家族が待ち合わせしているのを見てしまったのだ。
『パパーっ!』と彼に、抱きつく女の子。
奥さんは儚げな綺麗な人だった。
目の前が暗くなった。
分かっていたはずの事なのに。
もう、こんな事はやめよう。
彼は同僚で、接点も多かったし、彼からの影響も大きかった奈湖は、退職を決意した。
退職を伝えると、編集長からは
『本が好きなのに、もったいないね。けど、君は文字や表現から離れられる人ではないよ。』
と言われた。
それは事実だ。
その後奈湖が退職した、と聞いた出版社の人が、小島さんに向いていると思います。と、仕事を一つ持ち込んでくれた。
今にして思えば、編集長が紹介してくれたのだろうと思う。
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