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瀬衣は香々の首にもう一度強く縋り付くと、徐に力を緩めた。
「ありがとう母さん」
ふわりと浮く瀬衣。
香々の腕に掛かる重みが軽くなっていく。
「母さん、夏佳は?」
「夏佳はきっと大丈夫だよ。男衆が助けに向かっている」
瀬衣は一時の歪んだ感情によって夏佳を失いそうな事を酷く悔いて眉根を寄せる。
「これ以上私が下界にいては夏佳の身も危うい……。黒星はね、もう地上にはいられないんだ。これ以上留まると災厄を招く。この雨だってやがて強くなり山肌を削るだろうし、川も増水すれば里を呑み込むに違いない。瀬衣はね、この素瀬が好きなんだ。母さんも、それに夏佳の事も本当は好きなんだ。だから、もうここにはいられない。さよならだよ、母さん。ありがとう、さよなら」
「瀬衣?」
香々が我が子を求めるように手を上空へ伸ばすがすでに届かなかった。
「毎夏、天の川から素瀬を見てる。素瀬が素瀬である限り、素瀬の川に星砂を降らせるよ」
そのまま瀬衣は遥か彼方へ旅立ってしまった。
否、旅立ったのでない。元いた空へ帰って行ったのだ。
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