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君との出会い
あの年の初夏、二年ぶりに僕はお祖母さまのお屋敷に滞在する事になった。
馬車に揺られて湖の横を通り過ぎる。その先の小さな村にお祖母さまのお屋敷がある。青々とした緑の森を抜けてたどり着くと、お屋敷の入り口ではねずみ族のメアリーが僕を迎えてくれた。
お昼を過ぎて陽が照りつける暑い中、メアリーは玄関のひさしから歩み出て、僕も荷物を抱え駆け寄った。
「レイフお坊っちゃま、ようこそおいで下さいました。マリアさまが首を長くしてお待ちですよ」
「メアリー、久しぶり! あれ、その子は? 」
メイドのメアリーのスカートの後ろに隠れている女の子のしっぽは、メアリーの針金のようなしっぽとは似ていない。白くて柔らかそうなしっぽが揺れている。猫族の小さな女の子だ。ふわふわの髪の毛に白い耳がかわいらしく、瞳は大きくてガラスみたいにキレイだ。
「ティアです。奥さまお付きのメイドなんですよ」
「まだ、こんなに小さいのに? 」
僕の一言で機嫌を損ねた彼女は耳をピンと立てて、メアリーの後ろから前に歩み出ると、おしゃまな感じでお辞儀をして僕に挨拶をした。
「レイフお坊っちゃま、はじめまして。ティアと申します。どうぞお見知り置きを」
自分よりも小さな女の子にお坊っちゃまと付けられて僕は思わず笑ってしまうと、ティアは顔を赤くして背を向けて逃げてしまった。
「不味かったかな」
「照れているんですわ。お辞儀をずいぶん練習したんですもの」
メアリーから話を聞いて、それを笑うなんて悪かったなと思った。
お祖母さまの部屋では、ドアの外にも聞こえる大きな声で絵本を読むティアがいた。お祖母さまは椅子に座りとても嬉しそうにティアの朗読を聞いていた。
「……そして、王子さまは、お姫さまと末長く幸せに暮らしました。……おしまい」
「とっても上手だったわ。ティア、ありがとう」
「どういたしまして、マリアさま」
「あら、レイフ、着いたのね。いらっしゃい」
絵本を読み終えて得意満面のティアが振り向き、部屋のドアの前にいる僕に気がついた。ティアの表情は曇り、優しそうな白い耳を伏せしっぽをしんなりと垂らして揺らした。
僕は胸がズキっと痛くなった。どうやら、僕は初対面で嫌われてしまったのか。取り返しがつかないのかと悲しくなった。
「彼女は、ティア。私の新しいメイドよ」
「ええ、先ほどステキなご挨拶をしていただきましたよ」
お祖母さまの前で何とか彼女への非礼を取り繕えないだろうかと、僕は心を割いた。ティアの口元が少しはにかんで、しっぽが嬉しそうに揺れた。僕はホッとした。
「彼女はね、身寄りをなくして一人なのよ。でもこの屋敷では家族同然。よろしくしてあげてね」
「マリアさま、私はここでメイドとして働いています。私は一人立ちしてるんですわ」
ティアが明るく強く言うと、お祖母さま微笑んで彼女の頭を撫でた。今年の夏は避暑でお祖母さまに顔を見せるだけでなく、ティアの面倒も見る役割を仰せつかったらしい。
「それじゃあ、ティア。僕、久しぶりに来たから、お屋敷と村の事を忘れてしまった。改めて教えてもらえないかな」
「かしこまりました。レイフお坊っちゃま。私がご案内いたします」
おままごとの相手にでもなった気分だ。僕はティアの後ろを付いて歩いた。ティータイムも忘れて、僕はその日彼女と野山を駆けずり回った。日が暮れるのに追われて屋敷に戻ると、二人して泥だらけになっていた。
それからティアの機嫌一つに胸が痛くなったりそわそわしてしまう。それが僕の初恋だと気がつくのはまだ少し先だった。だけど、こんなに気持ちが持っていかれたのは、後にも先にも彼女にだけだった。
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