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23.
なんだかんだと楽しかったな。
月明かりの下、突然現れた金髪の男は、いきなりおれの首に咬みついて勝手に餌にしてくれて、おれを自分の物だと刻印をつけた。
人間じゃなかったあいつはヴァンパイアという人間の血を好む異形の存在で、出会った日からおれはヴァンパイアたちに狙われる日々が続き、襲われては痛めつけられて挙句に住んでいた部屋は破壊されるし絵も描けなくなった。
生活が一変して今じゃ“魔”の世界という異空間に来ている始末だ。
たぶん日数にして一週間とか十日とか、それくらいの短い期間だと思う。
奴と過ごした時間は。
男だと気づかずに匂いにつられて咬みつくなんて大ボケかましてさ。でも最後まで吸いつくすことはできなくて他のヴァンパイアから守るって、おれにまとわりついてきた。
人間じゃない常識を超えた存在感は凄まじく、見た目は異様なほど綺麗だし本能が目覚めた時の威圧感は身が竦むほど恐ろしくなる。
なのに普段はボーッとして抜けてるし、ふにゃふにゃ笑ってるかと思えば、何かと接触してこようとして油断ならなかったりする。
ただ、あいつはいつも真剣だった。
おれに対しては、いつも、ずっと、まっすぐに見つめてくれていた。
だからおれも自分の気持ちに素直になることにしたんだ。
好きな人を守りたい。
おれの願いは、それだけ。
おれたちは場所を教会の講堂に移した。
敷地内に教会があるなんて、どれだけ大金持ちなんだって、普通の人間ならその程度の感想ですんだだろうけど、忘れちゃいけないのはここが“魔”の世界で、こいつらはヴァンパイアだってことだ。
教会っていうのは人間の常識でいえば、神様に祈りを捧げてその存在を感じようとするための神聖な場所のはずだ。
悪魔は神とは相対するもの。
だから人間は空想の世界を描くとき、悪魔は神の持つ某かの力を恐れ、ついにはその身を滅ぼしてしまう存在としている。
それなら“魔”の世界の住人であるヴァンパイアが神を信仰しているなんてありえないし、教会を建てるなど考えられない。
でも奴は、ヴァンパイアは生命の循環を神の領域だとして信じていると言った。
だから自分がしようとしていることは神に背く行為になるかもしれない。
だけど考えてみればヴァンパイアが神様を信じてるなんて本当なんだろうか。
突然降って湧いた疑問におれは顔をしかめた。
(おれってもしかして奴に騙されてる? おれを説得するために人間が考えるような話を作っとるだけやないんか?)
「どうかした?」
黙りこくったおれに奴が首を傾げた。
おれはあからさまに疑いの眼を向けた。
「……ヴァンパイアにも神様っておんの?」
すると奴は一瞬虚を突かれた顔をして、でも次には優しい微笑みに変わった。
「もちろんさ。人間の常識ではおかしくても、神っていう存在は信じる生命によって千差万別なんだよ。つまりヴァンパイアにはヴァンパイアが信じる神がいるってことさ」
「えっ? それって神様なん!? 悪魔じゃなくて?」
「じゃあ何を持って“神”と呼び、何を持って“悪魔”とする?」
「う、ん~」
唸りだしたおれを見て奴がクスクス笑う。
そして講堂の最奥にある巨大な十字架を仰ぎ見た。
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