おまけ2 ざけんな0516

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おまけ2 ざけんな0516

はい、こんにちは。李沖(りちゅう)です。 今回は、こんなお便りが届きました。 「五胡十六国時代(ごこじゅうろっこくじだい)って名前、  割と今否定されてますよね?  なんでこれに拘ってるんですか?」 ほォん……? 簡単です、学術的な論述じゃないから。 明確な支配者のいないこの時代は、 はっきり言って分析の目的次第で いくらでも名前を変えられます。 だから、それよりは分かりやすさを優先。 名前を固定しておく。 と言うわけで、ここでは 「実態? それより典拠優先すわ」 と、言い切るのです。 じゃあ典拠ってなんだよ、って話です。 それが、前回でもちらりと名を挙げた 「十六国春秋(じゅうろっこくしゅんじゅう)」。 今上の命によって編纂された、 永嘉(えいか)の乱から北魏(ほくぎ)の華北統一までに 割拠した諸勢力を 「お前らは覇権取り切れなかったザコ(笑)」 と斬って捨てた歴史的名著です。 前回紹介した成漢(せいかん)とか、最高ですよね。 まぁ原著は散逸してますが。 今上は北魏(ほくぎ)鮮卑(せんぴ)漢族連携国家から、 天下国家へと舵を切られました。 その手法が、漢化と呼ばれています。 つまり史記以来の歴史の継承者として 北魏を位置づけたんです。 そしてそのためには、永嘉の乱以降を 黒歴史化する必要がありました。 なのでその辺りをパッケージングしました。 それが「十六国春秋」。 前回も話した通り、この時代に蔓延った クソどもトップ十六について書いたよ、 と言うわけですね。 そしてこの書で用いられた語が、 見事に一般的時代区分名として定着。 つまり、黒歴史化に成功したんです。 すごい! これら十六国が、 「たくさんの」胡族によって立てられた。 だから五胡十六国、ってなモンです。 実際この時代、油断するとすぐに 「暗黒時代」って呼ばれますもんね。 今上大正義。さすが今上。 ただね、この辺りが、 割と「ざけんな!」でして。 と言うのも「十六国」。 北魏が入っていません。何故なら 「黒歴史を終わらした英雄こと北魏を  アイツらと同列扱いする訳ねーじゃん」。 そして北魏がこの方向を打ち出せば、 後継国家はそれを尊重します。 後継国家って? (とう)、です。 すさまじく大雑把に言えば、 唐って北魏のひ孫みたいなものです。 なのでひいじいちゃんが 「雑魚!」と切り捨てた奴らのこと、 同じように雑魚扱いするかはさておき、 まぁ、表立ってはあまりアゲられない。 このスタンスが、唐で編集された「晋書(しんしょ)」に かなり顕著に表れています。 晋書の列伝は、晋の連中と 「十六国」の奴らに分けられています。 そう、「十六国」。 正統ならざる反逆者ども。そんな奴らを、 「偉大なる唐の温情によって  晋書に乗っけてやった。  しかも凄い奴は凄い、と  素直に褒めてやってもいる。」 そんなスタイルなので、 正統である拓跋(たくばつ)氏は、 ほとんど晋書に載りません。 晋の人間ではなく、しかも反逆者でもない。 だから晋書に乗せる訳にはいかんのです。 これによって何が起こるか? 晋書単体では、 五胡十六国時代の拓跋の動きが、 ひっじょーに見えづらくなりました。 本当に、舐めとんのかってレベルです。 驚きですよね? 晋書って、 入り乱れる五胡世界の住人を、 敗者側からしか記録してないんですよ。 いや敗者側の視点、重要です。 けどそれって、飽くまで 勝者目線の参考として。 だから晋書載記は、割と主役不在のまま、 「これなら負けても仕方ねーよ」 とばかり記録される。 じゃあ、勝者たる拓跋。 どこで確認しましょうか。 魏書(ぎしょ)です。ところがこの魏書がヤバい。 北斉(ほくせい)高洋(こうよう)が、北周(ほくしゅう)へのマウント目的で 「史書編纂だ! 速攻やれ!  先に完成させた方が正統だ!」 と、速筆に定評のある魏収(ぎしゅう)に命令。 そして魏収、本当に 物凄いスピードで完成させました。 しかもそこには「北斉凄い! 最高!」 要素がてんこ盛り。 いやぁ、職人ですわ…… ただその結果、史書としては とても胡散臭い内容となってます。 まぁ誰がおかしいって、コイツを正史として 認定した奴だとは思うんですけどね。 だいたい敵国北斉の作った史書なんぞ 棄却してくださいよ北周。 隋唐も追従してんじゃネーヨ。 まぁ、魏書には、 「北魏の実態が記された資料が  破棄されたせいで、  うまく実態がつかめない」 みたいな愚痴が 記されていたりするんですけどね。 変に魏收だけを責めても仕方ない。 まぁ責めますけど。 最近は遺跡から出土した考古史料により、 大分魏書が葬った北魏の実態も 暴かれつつあるようです。 この辺りは、続報が非常に楽しみです。 ただ現状として、 まだまだ二十一世紀の日本に於いては、 五胡十六国の勝者である拓跋氏の 実態が非常に見えづらいままです。 資治通鑑(しじつがん)という通史もありますが、 これも結局は十六国春秋準拠ですし。 余談ながら、 拓跋にとって最大の邪魔者であった 匈奴鉄弗(きょうどてつふつ)氏、ストレートに名指しすると 赫連勃勃(かくれんぼつぼつ)は、さながら魔王の如き扱いです。 まぁ面白いからいいんですけどね。 叱干阿利(しつかんあり)とか最高です。 ともあれ、五胡十六国時代。 ただでさえ史料が少ないのに、 その少ない史料のバイアス、 偏りも大分ヤバい。 まぁバイアスのない歴史記述なんぞ アリエネーヨって話ですが。 だからこそ「ざけんな!」ですし、 だからこそ面白い。 そんなアンビバレンツな感情に 囚われてるよ、と言うお話でした。 あ、典拠ついでにいうと、 この次の南北朝時代。こっちの由来は、 もう少し分かりやすいです。 「南史」「北史」が編まれたから。 劉宋(りゅうそう)に始まる南朝四国、 北魏に始まる北朝。 唐の時代、それぞれの歴史を それぞれにパッケージングしました。 さっきも言いましたが、 唐って北魏のひ孫ですから、 本来は北朝の系統です。 ただ南朝って、 「正統の」晋から禅譲を受けてます。 天命はさておき、民心は 南朝にも集っていた。 この辺りをないがしろにするのは、 覇者たる唐が取る態度じゃない。 なら、天が二つに分かれてた、と、 書としては残しておいてやってもいい。 (なお礼制的には割とガン無視です) なので南史北史を同時刊行しました。 そこでは南北両朝の偉大さを 公平に扱うよう振る舞っています。 歴史記述とは、どうしても それが書かれた物語と ワンセットにせざるを得ないよね、 と言った、そんなお話でした。 と言った辺りでお時間のようです。 最後までお付き合いくださり、 ありがとうございます。 それでは、また!
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