1幕【A pure person】冤罪

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1幕【A pure person】冤罪

 低い雲が垂れ込めた街を、物々しい護送の列が王城へと向かって行く。格子のはまる護送車には罪人が一人、さながら民に晒すような速度で移動していた。 「フシャル王子の護送だって?」 「あの天使のような王子様が父王様を暗殺だなんて。信じられないわ」  街の人々が話す声が、護送車の中にいる少年にも伝わる。それくらい、いくつもの声が同じように話しているのだ。  少年はこの国の王子だった。今では手に魔力を封じる枷をはめられ、首に鎖までつけられているが歴とした王子であった。  名はフシャル。肩まである輝く銀の髪に、珍しい紫眼の美しい少年は纏う清廉な空気も相まってさながら天使のようだと言われた。  実際、性格も清廉潔白で穢れを拒む潔癖さを持っている。  だがこの少年の人生は幼少期からあまり恵まれたものではなかった。  少年は五つある王国の一つ、南の大国アルメイラの第二王子として生まれた。  だが母は側室であった。王の寵愛を得た側室の母は、フシャルが8つの時に突然亡くなり、フシャルは城の中でも厳しい環境に置かれた。  それというのも正室が嫉妬深く、その正室の子とも折り合いが悪かったのだ。  程なく、宰相達の勧めもあってフシャルは教会へと出家する事となった。これで一応は王位継承権を放棄した事にできる。周囲のフシャルを思う大人の、精一杯の安全対策だった。  だがフシャルはただ追い払われる弱い王子ではなかった。通常であれば神官を目指すのが簡単なのだが、フシャルはあえて神の剣である聖騎士を目指し厳しい修行を積み、ついには聖騎士として独り立ちしたのだ。  王位などもとより望んでいなかったフシャルにとって、何より望んだ道が開けたはずだった。  だがそれから2年、突然の父の訃報より二ヶ月で、フシャルはその父を暗殺した首謀者として捕らわれ、枷を嵌められるという屈辱を味わっている。  私は父を殺してなどいない!  暗く硬い護送車の中、フシャルはそう叫びたいのを必死で堪えた。歯を食いしばり、屈辱に体を震わせ、それでも今は耐えた。民の前でみっともなく叫ぶ事を、プライドが許さなかった。  目指す王城は既に目の前。この地に来るのは約8年ぶりだ。かつては優しい父が住んでいたこの城も、今では醜悪な権力の権化達が住まう魔窟のように思える。  だが、負けるつもりはない。フシャルは烈火のごとき怒りを胸に、ただ前を睨み付けていた。  重苦しい城門の開く音がしてしばらく、馬車が止まる。  重い錠前の開く音の後、醜悪を顔に貼り付けた兵がフシャルを繋ぐ鎖を乱暴に引いた。 「ほら、立て!」 「くっ」  突如引かれ、自由を奪われた体が言うことをきかない。無様に前に倒れたフシャルを、兵が声を上げて笑った。 「なんだ、立てないのか! 無様だな王子様」 「触るな!」  伸ばされた手を拒むように、フシャルは起き上がり前に繋がれている手で払った。その声は未だに王族としての威厳も品格も備えていたが、それはこの状況では余計に相手を逆上させた。  突如頬を殴られた痛みは、肉体的にではなく精神的に苦痛だった。倒れたフシャルの胸倉を乱暴に掴み上げた兵は嘲りも隠さずフシャルを見た。 「あんまり大きな口を叩かない事だな、王子様よぉ。ベガール様の御不興を買うぞ」 「っ!」  その名を聞くだけで背にどうしようもない拒絶と嫌悪と憎悪が走り、総毛立ってしまう。湿疹が出ないだけましというものだ。  本来ならこんな三下にいいようにされるほど無力ではない。だが、剣も魔力も奪われたばかりか、身の自由まで奪われたフシャルはいまや年相応の無力な少年でしかなかった。  まるで奴隷を引き立てるように兵に鎖を握られ人前を歩かされる。はやし立てる者の多い中に、この姿に涙を禁じ得ない様子の者も混じっている。完全に腐りきったわけではないのだろう。  せめてこの枷が外れたら。魔力だけでも解放されれば、こんな奴ら一瞬で神の罰を与えてやれるのに。  悔しさを噛みしめながら、フシャルは謁見の間へと引っ張られていった。  謁見の間はいつ見ても厳かで荘厳だ。  以前はここに、尊敬していた父王がいた。  だが今はその場も色あせ朽ちて醜く穢れて見える。玉座に座る兄王子ベガールの姿を見た時、フシャルは国の衰退が見えた気がした。 「久しいな、フシャル」  威厳の欠片もない男が王らしい声で名を呼ぶ。これの、なんと滑稽な事か。  見た目だけは父王に似た金髪と碧眼、長身に見合った筋肉のついた兄ベガールは、品位という点はまったく父に似なかったらしい。  フシャルは無理矢理跪く形で押さえつけられながらも抗って身を捩り、睨み付けた。 「私の名を口にするな。貴様が犯した罪を、私が白日の下に晒してくれる!」  嫌悪と憎悪を隠さないフシャルへ、ベガールは醜悪な笑みを浮かべる。大昔から大嫌いな兄だったが、今は殺意すら覚える。  ベガールは勝ち誇ったように笑い、指で人を招く。入ってきたのは青い顔をした陪審員で、手には一つの書簡が握られていた。その手は震え、今にも落としてしまいそうだ。  その様子だけでも分かる。この哀れな陪審員はベガールに脅されているのだろうと。 「罪状を読み上げろ」  その言葉に、陪審員の男の震えは更に酷くなった。フシャルを見つめ、声にならない声で何かを訴えたそうにしたが、やがて無力を悟って力が抜け、がくりと肩を落とした。そして、震える声が罪状を読み上げた。 「罪人、フシャル・ミナ・アルディアナを国王暗殺の疑いにより拘束する」 「っ!」  予想通りの罪状ではあった。あったが、実際に聞くとショックは大きい。フシャルは言葉もなく項垂れ、その心中は嵐のようだった。  父はとても優しかった。側室の子だったフシャルを母亡き後も大切にしてくれた。そんな優しい父を、どうしてフシャルが殺さねばならないのか。既に王位も捨てた身だというのに。何のメリットがあってそんな事をするのだ。  分かっている。暗殺ならばもっともらしい犯人が必要だ。フシャルはまんまとはめられたのだ。  悔しさに歯を食いしばった。切れてしまいそうなほどに唇を噛んだ。強く噛む痛みは一時的に痛みや悲しみを麻痺させる。ではこれほどの屈辱と憎しみを麻痺させる痛みとは、どれほどのものなのか。  それこそ、死しかありえないのではないか。 「フシャル、俺はこれでも寛大な王だ。自らの罪を認め深く反省するならば、命までは」 「愚劣の極み! この命奪われようと、やってもいない罪を認める事はない!」  反抗的な紫色の瞳がベガールを睨み上げる。それを受けたベガールはにんまりとゲスな笑みを浮かべる。 「罪を認めないというならば、認めさせるまでのこと。 衛兵! こいつを特別収監室へと運べ。明日からみっちり拷問にかけ、その口から罪の償いを言わせてくれる」  醜悪な声と笑い声がフシャルに届く。両脇を抱えられ、触られる事に嫌悪を感じながら誓いの言葉を胸に刻んだ。  絶対に、どんなことがあっても屈してはならない。無い罪を償う必要などないのだと。
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