16人が本棚に入れています
本棚に追加
「こんなのよ」と、生地を見せてくれた。
一見、単純に見える縞模様なのに、よく見るとたくさんの色が織り込まれている。
「きれいですね。こんな縞の制服っておしゃれですね」
「ほうやろう。ほや、織ってみるか?」
「え? 私、すごく不器用やから無理です」
「やる前から無理って言わんの。尻込みしてると、人生のチャンスのがすよ。ほらほら、ここ座って」
女の人は、島村さんといった。
私の背丈ほどある織り機に座らせる。
「はい、左足踏み込んだら、経糸の間に、右から梭を滑らせるんや」
足と手を同時に動かすように言われるが、なかなか脳から末端に伝達できない。
「お……おさ?」
おまけに専門用語を言われても、頭の中で文字変換しない。
「これのこと、シャトルね。この中に緯糸が巻かれてるんやわ」
年季の入った舟型の木製の梭を経糸の間にくぐらせる。なるほど、緯糸が一段加わる。
生徒は私だけなので、手取り足取り教えてもらう。
「だいじょぶやって。してるうちに体が覚えてくるでの」
「は、はい」
こうしたら、次はこうして、とわかっていても動作が連動しない。
運動音痴だし、車の免許もやっとこさで取った私には、無理じゃないかと思っていた。それでもやっているうちに、テンポがつかめてきた。
「ほら、できるようになってきたやろ?」
島村さんは、にっと笑う。つられて、私も笑ってしまう。
「はい、何だか楽しいです」
「あら、嬉し。楽しいのが一番やでの」
姿勢や動作のアドバイスを受けた。
島村さんは他のことをしながら、時々様子を見に来てくれた。
連動してリズムよくできるようになるとおもしろくなってきた。集中して無心に織っていると、悩みなど忘れられそうだ。
カタン シュッ トントン
カタン シュッ トントン
時計を見て驚く。もう夕刻になっている。
「ありがとうございます。やっと調子が出てきたとこやったのに」
「また、来たらいいわの」
「あ、そうか。また……また来ます」
駅に向かいながら、何のためにこの町に来たのか思い出した。
目的は果たせなかったけれど、来る時には無かった充実感があった。
最初のコメントを投稿しよう!