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家に帰るとキーナの母親は台所で鍋を煮詰めていた。
魔女が銀色の大鍋をかき混ぜていると如何にも怪しい薬の調合か何かのように見えるのだが、なんてことはない。
ただキーナの母親は晩御飯のシチューを作っているだけである。
「今日発表あったんでしょ?」
キーナの母は特に何の感情も持たずにご飯を作るついでに聞く。
「選ばれてたよ。」
「あら、よかったわね…」
と事務的に言葉を交わす。
キーナの中で動いた感情はシチューの匂いが良い匂いということくらいである。
イザレアがあれほど感動した出来事もこの親子にとってはごくごく普通のことなのである。
キーナの母はシチューを味見用の皿に装い一口舐めて頷き、その後キーナの方を見て口を開いた。
言葉を発するべきかどうか一瞬逡巡するようにも見えた。
「でも今年はちょっと大変かも…」
「大変?別にお母さんも経験した通り事務的にこなすだけでしょ?」
「前回まではそうだったんだけどね…」
「今回だって別にいつも通り星が降ってきて危ないから人間が外に出ないように暗示をかけるだけでしょ?」
「一応そういうことになってるけどね…」
無感情だったキーナの心に不安という感情がジワジワと湧いてくる。
「つまりどういうことなの?」
「この100年間で人間界は大きく変わってしまったの。まず人間の数は100年前の倍になり、単純に魔法で暗示をかけないといけない数が倍になったの。」
キーナは頷く。
「それに年齢層も変わって無邪気に暗示を受け入れてくれる子供たちの割合も減った。しかも化学が発達しちゃって魔法に対する信用も大幅に減ってしまったの。」
魔法による暗示自体は人間の無意識のうちに行われるがやはり魔法の存在を信じている方が暗示にはかかりやすい傾向にある。
たしかにこれだけ当時と変わってしまうとキーナも少し心配になる。
「だから今年はちょっと降星対策委員会の選出メンバーを変えてみたの。」
「どういうこと?」
「今年は公立魔法学校の子からも選ぶように提言したの。」
「えぇ!?大丈夫なの?」
キーナの心にさらなる不安がよぎる。
"公立魔法学校の子の拙い魔法で大丈夫なの?…"
「本当に今年は何が起きるかわからないからあなたたちみたいに魔法に長けた子たちの力も大事だけど魔法に頼りすぎてない公立魔法学校の子たちの力も必要になると思う。」
「うーん…」
「あなたたちは魔法を使うのはうまいけどなんて言うのかな…うまく言えないけど魔法を信用しすぎてるのが弱点というか…」
「よくわからないんだけど…」
キーナはどうにも納得できなかった。
「ま、何にしても当日になるまで何もわからないからね。あなたと近くの地区の担当に公立魔法学校の子を入れておく予定だから近くで面倒見てあげて。」
「え…まあ、わかった。」
結局キーナは不安要素を抱えたまま降星対策委員の集まりの日を迎えたのである。
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